第四十一話 鶴鳴荘
血尿が出て最近死んでる
粋な黒塀見越しの松にあだ名姿の洗い髪ーーとくるとお富与三郎の玄冶店というところになるが、雪花の家はそんなこじんまりしたものではない。
本人は「親の別荘を通学のために使わせてもらっている」と謙遜しているものの、流石は鶴喰財閥の所有物とだけあって、その別荘がチャッチなものであるはずもなく、女子高生が一人で住むにはあまりにも広すぎる、立派な立派な家である。
鶴喰家の誉れがいついつまでも続くように、鶴にかこつけて、「鶴鳴于九皐 声聞于天」の一節から、「鶴鳴荘」と名付けられたそれはフランク・ロイド・ライトの美学を様式の旨としており、シンプルながらも敷地面積や室内に合わせた構造を有している。その設計様式を簡潔に述べると、床面積は五〇〇平方米の二階建て、部屋数は三十六室で、和室と地下室も有した和洋折衷の造り。大理石造りのキッチンに、長廊下、トイレは四つ、全室ウォシュレット付きーー世間一般で言うところの「豪邸」であるのは間違いない。
雪花はヘラと十人の従者と共にこの家で暮らしている。時折仕事帰りの父親や親類が泊まることがあるものの、基本的には一人暮らし+ヘラという感じの生活を過ごしていた。
当然の事であるが、一人暮らしではこの家はあまりにも大き過ぎる。親はどう使ってもいい、というものの、「氷の女王」などと揶揄される雪花のこと、友達を連れてくるような根性はほとんどなく、この「鶴鳴荘」に足を運び入れた事のある関係者は、響子、千歳、千歳についてきた飛鳥(この時枕投げをして枕を壊された)、それに学園の近所で泥酔して終電を逃した卜部先生を連れてきたことがある程度で、父親と親戚の数人を除けば、入る事が許された男は出入りの業者か両親の関係者といったところ。
学苑の関係者は、皆この家と雪花の存在に憧れながらも到底近寄れないーー所謂「魔の城」の如くに思っており、羨望と注目の的となっていたのはいうまでもない。
そんな家に初めて同級生の男が足を踏み入れる。相手は言うまでもなく、心のなかで恋い慕っている葉沼吉暉である。
「〜♪」
普段はムスッとしている事の多い雪花が、朝から機嫌が良いのも当然の理屈であった。
「ねえ、ヘラ〜」
(うわ、声が一オクターブ高え……)
朝から雪花は、葉沼の到着を待ちかねている。そんな機嫌の良い主人の様子を見たヘラが不気味がるのも、これまた無理のない話であった。
あの雪花が鼻歌を歌いながら、部屋のセッティングをしている。普段の無愛想さを考えると嘘のようである。
「ヘラ〜、花瓶はこっちとこっち……どっちがいい?」
「……お嬢の好みに任せますよ」
「それじゃ困るの!! 首席に気に入られるための位置がしりたいし!! 第三者の意見が欲しいの!!」
「葉沼首席はそんな事気にしないと思いますが……」
「もー! 貴方は恋をしたことがないからそんな鈍感なことが言えるの!! 男の人はね!! 気が利く女が好きだって、少女漫画にありましたよ!!」
(んなわけあるか……葉沼首席がそんな小姑じみてるなら今頃とっくに縁切れてるわね)
実際、葉沼は花瓶の位置や家具の美しさなどとんと気にしない人間である。良く言えばどんな場所でも適応のできる、悪く言えば鈍感でおべっかというものをよく知らない、とでも評するべきか。
「それに服は……このタートルネック風の大人しいものと、和風な感じとどっちがいい?」
「お嬢におまかせします」
「んもー!!! さっきからその返事ばかり!! 貴方には自主性というものがないのです?!」
「……いや、お嬢、お言葉ですけどね。葉沼首席はお嬢が着ているものは何でも可愛いと思ってますよ」
ヘラが口にするそれは「話を続けたくない」という確固たる意志がにじみ出た、完全なる詭弁であるが、恋の盲目に取り憑かれた雪花がその落とし穴に気がつくはずもなく、
「そ、そう。な、ならいいです。今日はタートルネック風の落ち着いたものにしますから」
と、顔を真っ赤にしてデレデレになっている。
やっと落ち着いたかーーと安堵するにはあまりにも早急で、この後もヘラはご主人の気まぐれに振り回される羽目になった。
「ねえ、ヘラ。このクッションの位置は……」
「お嬢におまかせします」
「ヘラ、何を見せたらいいですか?! な、なにか置いとくべきでしょうか?」
「普通に人気作品でも置いとけばいいでしょう」
「ねえ、ヘラ……どう食事を誘ったらいいと思う?」
「普通にDVDなり、おしゃべりで時間潰して、葉沼が退散しそうになったら、『今日はご馳走しますよ』と押せばいいんじゃないんですか?」
雪花は好きな人を迎えるのに緊張してしまったのか、近年稀を見るほどのポンコツになっていた。数歩歩くと何かに気づいて、後ろにいるヘラに「どうしましょう」「どうしたらいいか」と、質問攻めにする。
葉沼が到底気にしないようなことをネチネチと気にしてしまう雪花の態度に、ヘラが快く思わないのは言うまでもなく、主人がくだらないことを聞いてくるたびに、ヘラの胃袋は「はあ、はあ、もう限界だ……」と悲鳴を挙げる。
そして、堪忍袋の緒が遂に切れる時が来た。
「ねえ、ヘラ……」
「だー!!! しつこいっすね!! なんでも!! いいじゃないです!! か!!!!」
「で、でも、変に思われたら……」
「首席がその程度で変だというなら!! 早急に別れることを!! オススメします!!」
神経質になりすぎている雪花を一喝したヘラは、涙目になっている主人の姿を、ジト目で凝視した。
しかし、その程度の叱責で雪花の心が改められるはずもなく、
「へ、ヘラのバカ!! しゅ、首席に嫌われたらヘラのせいですからね!!」
と、駄々っ子のように責任転嫁をはじめた。
(んなら早く告っておくれよ……)
盲目の恋とはなんと厄介なことであろうかーーヘラは軋む胃袋をさすりながら、一秒でも早く葉沼がやって来ることを心の底から祈るより他はなかった。
多分次辺りからギャグ回になるよ




