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第四十話 お猿の葉沼

相変わらず遅筆

「でも、お出かけするって……何処へいくんですか?」


 雪花の質問の前に、葉沼は答えに窮した。普段は頭脳明晰たる彼も、こういう問題に直面すると周りが引くくらいに奥手である。

 ここでヘラの言葉を思い出せばよいものを、雪花の色気に当てられてそれどころではなくなっている。


「さあ、問題がそこなんだよなあ……お前が普通の女の子なら海でも遊園地でも好きな所に連れて行ってあげられるが、なんせ曰く付きのお嬢様……しかも、親衛隊つき……いや、はや、ねえ、どこへ行きたい?」


 しどろもどろとはこのことであろう。ここまでアプローチが下手だとは思わなかったと見えて、仲立ちのヘラは主人の後ろでひっくり返って笑っている。


「そういうものは殿方が決めるものでしょう? 私を馬鹿にしているのですか?」


 流石の雪花も少し呆れてジトーと目の色を濁らせて葉沼を見つめる。その目にもまた色気があるので、葉沼はなおさらにタジタジとするばかりである。


「だ、だって、仕方ないだろ! 飛鳥ならどこ連れ出そうとも文句言われないし、なんか言われても『従兄弟です』みたいにごまかせるけど、鶴喰お前はあまりにも顔が知られすぎている。馬鹿にするつもりなんかないんだ。お、お前が普通の人だったら、いくらでも話に乗ってあげるし……行きたいところへ連れて行ってやるが……本当はそう思っているよ……」


 ここでチートハーレム物の主人公負けの質の悪さを発揮する。それが無意識である所が、なおさら腹立たしい話である――が、こんな葉沼が葉沼なら、恋する雪花も雪花である。

 

 普通ならば馬鹿にしているのか、などと怒るところであるが、恋は盲目とは上手いことをいったもので、「やだ……首席、私のことをそんな大切に思ってくれたの……」などと、機嫌を直して胸をキュンキュンさせている始末である。


 その威力は爆笑していたヘラを真顔にさせ、違う部屋にいる卜部先生がオエッと砂糖の塊を吐き出すほどのものであった。

 その直撃弾をモロに浴びているヘラが「早く告白しろよ……」と一人愚痴ったのも無理はない。


「でも……鶴喰を連れ出せないからこのお話はお流れ、というのは余りにも悲しいな」


 先程までの鈍感葉沼は何処やら、今度は一転して、恋心を知っているような口ぶりで一人悩み始める。そして、ここに来てようやくヘラとの口裏合わせを思い出すのであった。


「……そうだ。鶴喰の家に遊びに行っていいか?」

「へ?」


 雪花は突然の提案にポカンと口を半開きにする。彼女の頭の中によぎったのは、愛読している少女漫画の一節、「俺を部屋に入れたってことは、お前を好きにしていいんだろ?」という肉食系男子の少し横暴な台詞。


「そ、そんな! わ、私達はまだそんな関係じゃないのに! け、けだもの! すけべ! 変態! 変態猿!!!」 

「え? え?」


 妄想と現実をごちゃまぜにした雪花を目の当たりにした葉沼が驚いたのはいうまでもない。確かに葉沼は健全な男子高生である。いくら頭が良くとも、一日に一回は女の子のことを考えるような青春さと変態さは有している。然しながら、その変態性はあくまでも常識の範囲内であり、雪花に罵倒される覚えはなかった。


「知ってますよ!!! そ、そうやって部屋に乗り込んで! お前を好きにしていいんだろ? とかいうんでしょう!!」

「な、何を言っているんだ……お前は……」


 再び膠着しかけた所を解きほぐすように、ヘラのモミモミ攻撃がはじまる。


(アホですか! あの首席がそんな肉食だと思いますか!)

(や、やぁ……! で、でもぉ……!!)

(それにお嬢……貴方、先日の夜中に『首席になら全て捧げていい!』とか、独りよがり声あげていたじゃないですか!)

(?! き、聞いてたの?!)

(あんな大声でやられたら聞こえますよ!!)

(分かったから! もう言わないから!)


 ヘラの魔の手からなんとか逃れた雪花は、

 

「こ、コホン。先程のはほんの戯言。しかし、私の家に来てどうするんですか?」

 

 白々しい一つ咳払いして、先程の行動をあたかもなかったように振る舞う。


「え、ええ……そう言われるとこういうことします! と言い難いんだけど……」

「やっぱ襲う気ですか!?」

「んなわけ……いや、映画鑑賞でもしたいなあ、と。鶴喰の家にはでかいテレビがあるんでしょ……大ボリュームな画面と音響で楽しみたいなあ、って」

 ここで、ヘラが助け船を出す。

「鑑賞会くらいならええんではないですか? 首席は別ルートで来てもらえば、万が一見られても倶楽部の寄り合いとかいくらでも嘘はつけますからね」


「だ、駄目かな……?」


 もはや答えは決まっているようなものであるが、ここまで遠回りさせるのは、雪花の奥手と面倒臭さ故であろう。


「ま、まあ、それくらいなら、いいでしょう」


 と、返答する。ここで、「ではいつにしましょうか?」などと、話題をふれば穏便に済むところであるが、好きな人に向かって、余計な口を叩くのが雪花クオリティーである。


「しかし首席は幸せものですね。この私の家に遊びに来られるのですから。光栄に思ったほうがいいですよ」


 心のなかでは「私のバカー!」と狼狽しているが、思うよりも先に口に出して、後で後悔する。そんな主人のポンコツぶりにヘラが黙っているはずもなく、またもや尻を掴むと、

(バカヤロー!!! ですか!! お嬢は!!)

(や、やめてえ! も、もう、キツイから!!)

(あなたが馬鹿なことを言うからですよ!!! 大体、こういう時は、嬉しいです!! とか、楽しみ!! っていうんでしょうがァァァ!!! あなた本気で首席とくっつく気あるんですか?!?!)

(あるから! あるからお尻を揉まないで!!!)


 ヘラの魔の手に揉みほぐされた雪花の尻はそろそろ限界を迎えていた。然し、それに葉沼が気づくはずもなく、


「ヘラ、スキンシップは程々にな」


 などと、ヘラヘラ笑っている。

 結局、ヘラの取り持ちで(ほぼヘラの事務的な能力と掛け合いによって)、今度の日曜日の午後から会うことに決まった。

 この時、ヘラがある故障によって、使い物にならなくなり、雪花がひどく狼狽する運命が待ち受けているとは、三人共予想だにもしなかった。

どうするアイフル

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