第四話 雪花サマはお悩みです1
熟年夫婦的なカップルっていい……よくない?
その日、雪花は会議室にいた。彼女の前には友人の住吉千歳、と、千歳の腐れ縁で学校一の問題児、高砂衛介がいる。二人はいつも一緒にいて、ケンカップルとして、学校内で有名な存在であった。ちなみに二人は同居をしているが、恋愛関係はない。
「なんだよ、お呼ばれっていうから、また歩く収容違反に目をつけられたかと思ったら、雪花かよ」
如何にもバンカラというような顔つきをした衛介は大きな目を見開きながら、「やれやれ」と大きな息を吐いた。
「雪花が衛介まで呼ぶなんて珍しいじゃん? コイツのこと苦手なんでしょ?」
三白眼で鋭い眼光を持つ千歳が、辺りを見渡しながら、そういった。目つきこそ鋭いが性格は至極穏健で、面倒見のよい性格から影では「千歳ママ」呼ばわりされている。ただ、本人にそれを言うと「あんたのママじゃない」と本気で怒ってくる――そのくせ、飛鳥にお菓子を作ってあげたり、近所の子供と高砂衛介の面倒を見ている所を見ると、やはり「ママ」的な存在である。
「ええ、嫌いです。というか、人間だとは思ってません」
雪花は平然とそう答える。男嫌いをこじらせた末路であるのはいうまでもない――大体こういう扱われ方をすると、本気で怒って軽蔑してくるか、あるいは本当の畜生になってしまいかねない。事実、雪花サマに軽蔑的な目で見られたい、罵声を浴びたい、という危ない集団(ヘラ曰く『サファリパーク』)が学校内に存在し、学年問わず団結しているありさまである。
衛介がこのような扱いを受けても、何とも思わないのは千歳との喧嘩で鍛え上げたメンタルと、本人の気にしない性格によるところが大きい。大体、衛介も雪花の事を「歩く異世界」と断じ、心の中でついていけないと思っている。どっちもどっちといった所か。
雪花はバンっと黒板を叩くと、大きな字で『葉沼吉暉入会大作戦』と書き込んだ。
「さて、千歳さん……と、エイス犬くん。彼を倶楽部に入れるにはどうしたらいいでしょう?」
「おいおい、言ってくれるな、この野郎。誰が犬だ。俺はちんちんしねえぞ。ちんちんあるけど」
「エイス犬……ウププ……」
雪花の言い草が、千歳のツボに見事ハマったと見えて、彼女はヒーヒー笑い始めた。
「おい、笑ってんじゃねえぞ!」
「うふふ、うまい言い草じゃないの、いぬ、犬って……ウフフフ……」
「誰がワンコロだ、馬鹿野郎。まだチンコロ言われる方がマシだぜ、全くよぉ……」
罵倒の応酬をしながら、ニコニコしている二人の姿を見て、雪花は「地雷を踏んだ」と舌打ちしたのも無理はない。
「……あー、悪いね。笑いすぎた。それで葉沼のことだったよね。倶楽部に入れるとかなんとか」
「そ、そうです……」
「どうかしたの? アイツを倶楽部に入れたいって。そりゃアイツは首席だから入る資格があるけど、一度も部屋に入ったことないじゃん」
千歳は未だに何も置かれていない「首席特等席」を指さした。普通ならばそこに首席が座るべきであるが、葉沼が顔を出さないため、今では飛鳥と卜部先生の私物置き場とかしていて、飛鳥のおもちゃと漫画、卜部先生のジャージや謎の本の山となっている。卜部先生のジャージや私服は千歳が持ち帰って洗っている始末である。
「それを今更、倶楽部に引き入れたいって、あんた。なんか理由でもあるの?」
「いや、その……」
雪花はそこまでいうと急にモジモジしはじめ、ぽっと頬を赤く染めた乙女の顔になった。
「? ションベンしてねえのか?」
「デリカシーないの!? ねえ!」
鈍感な衛介の発言に千歳は手荒なツッコミを入れる。必殺の「弁慶の泣き所クラッシュ」。
「痛っ!!!」
「あー、雪花、それで?」
「その、あの……ちょっと気になっちゃって……」
「気になるってのは?」
「お、男として……」
それだけいうと雪花は昭和新山のようにカッと顔を真っ赤にし、そのまま俯いた。
肉体関係を一度も持ったことがないくせに、人一倍人間の機微や心には鋭い千歳である。その一言で全てを悟った彼女は「ちょっと衛介、こりゃ大変だよ」と、彼を小突く。
「あ?」
「ほの字のようだ」
「あ?」
「……あたしの口より目のほうがうまいこと言っているよ」
衛助が彼女の鋭い瞳の中を覗き込むと、果たして「雪花が恋をした」、という推測が所狭しと泳いでいる。
「あー、なるほど……奴はそういう事を言いたかったんな?」
「そんで、あたしたちに何してほしいの?」
そう尋ねられると、表立って口に出せないのが雪花の性格である。純白の髪の毛まで真っ赤にするような勢いで、顔を赤らめたかと思うと、
「その……葉沼首席をクラブに入れたい……」
と声が震える。
「ふんふん、それで……?」
「その……交渉の種として……首席の弱点を……教えてほしい……」
本人としては精一杯の愛嬌で答えたつもりであったが、俯き加減でボソッと言われる身になったらどうなるか。
「金蹴り」
「アンタは黙って。弱点って……、雪花、人殺しに出かけるんじゃないんだからさあ」
千歳の一言がすべてを表している。
「そ、その…………弱みを握りたいというか」
「いや、震えながら『弱点は?』なんて言われる身になって欲しいよ。弱点ねえ……アタシもあいつとはあまり口聞いたことがないから……衛介、あんた知ってんじゃない?」
「あ? 弱点……? 弱点ねえ……。しかし、こういう事は言いたくねえな」
衛介は「男の約束だからさぁ」と大見得をとった。二人が呆れて溜息を吐いたのはいうまでもない。
この後、卜部先生がラブコメの予感を察知して職員室で砂糖を吐きました。