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第三十六話 堅田落雁

全然更新してない

 オーバーヒートした雪花は公務も何もおっぽり出し、こそこそと倶楽部から去っていった。ヘラは車にお嬢を乗せると、このダメダメ主人の恋路の行方の闇に頭を抱えるより他はなかった。

 そんな雪花とすれ違うように、葉沼と卜部先生がやって来た。卜部先生は口から和三盆を吐き出せるようになったとかで、ずっと葉沼に絡んでいるとみえて、さすがの葉沼も嫌気が差し始めている。


「先生、和三盆か三温糖か知りませんが、もういいでしょう。なんで俺に絡むんですか」

「見てほしいからじゃよ!」


 そこへ千歳と衛介もやって来る。


「何やってんだ、葉沼おめー。卜部先生に絡まれてんのか」

「先生、酒飲んじゃだめってあれだけ言ってるじゃないですか……」


 この二人の対応は相変わらず冷淡極まりないものである。卜部先生の事を嫌っているわけでもないが、堕落と放蕩の果に生まれた駄目な大人として認知しているため、決していい顔はしない。


「なんじゃ? 二人して。我は素面やぞ?!」

「普段から酔っぱらいみたいな言動しかしてねえじゃねえかロリババア……」


 衛介の脳天に空手チョップが命中する。


「ヌウウウウウン………チーン………」

「まったく、ろくな事を言わぬ男じゃ」

「でも、なんで葉沼に絡みついてんですか」

「聞いてくれ! 実はのぅ、昨日の夜、恋愛映画を見ていたら、これまでにない嘔吐感があって、苦悶の末に吐き出したらのぅ……和三盆が出てきたんじゃ! それを実演してやろう! って葉沼に申したんじゃが、此奴相手にしてくれないんじゃ」


 嘔吐プレイが好きな男か、何でもかんでも興味関心を示す子供からともかくも、普通の男子高生が卜部先生の砂糖吐きを目の当たりにした日には性癖がこじれる恐れがある。

 千歳は相変わらず傲慢でどうしよもない卜部先生の下らない理由に呆れたが、然し、この倶楽部には立派な対卜部先生要因がいる。


「あー、飛鳥。悪いね。この先生の相手してあげて。葉沼が可哀想だから」

「はーい!」


 飛鳥は卜部先生に懐いているため、いやな顔をしない。理由は簡単で、砂糖を吐いてくれるオヤツ製造マシーンだからである。


「せんせー!!!! 和三盆吐き出せるようになったの?!」

「本当じゃ。天神地祇に誓って嘘はつかん」

「じゃあ出してー!」


 飛鳥は目を輝かせながら、そう訴える。


「……あのな、そういうものの、私は甘い話を聞かないと出せないんじゃよ。お主がなにかそういう話を知っているのなら別じゃが……」

「あるよー! よっしーをね、この間パパとママにあわせたの!」

「……詳しく!」


 そういうと、飛鳥は舌足らずの口調で先程と同じような説明を始める。よくよく噛み砕けば、食事風景の説明なのだが、捉えようによってはエロに聞こえるそれ――卜部先生の顔が真っ赤になったかと思うと、突如「うっ!」と嗚咽を始めた。


「で、出ますよ!!!」

「ほんと?」


 卜部先生は扇を開くと口の前を隠し、くるりと後ろを向いた。吐き出す時の顔は見せられないものである――と本人の弁。


「はらふっほ♪はらふっほ♪うぉぇぇぇおろろろろろ……」


 生々しい吐瀉音と共に卜部先生の口から和三盆――ではなく、焦茶色の落雁が吐き出された。


「ぬ、ぬ?! こ、こりゃ落雁?!」

「わーい! 落雁!」


 そういうと飛鳥はお構いもなしに落雁を拾って食べ始める。


「飛鳥ちゃん……お腹壊すよ……」

「飛鳥……あんたねえ……」


 和穂と千歳は飛鳥の手から落雁を取り上げ、そっと制する。しかし、当の飛鳥は全く気にしていないものと見えて、

「大丈夫! 燕の赤ちゃんは親からビジョンミルクもらって育つんだよ! 卜部先生の口からできたてホヤホヤなんだから!」

 と、謎理屈でまた落雁を拾って口に放り込む。余談であるが、飛鳥の胃袋は普通の人にはいない強力な消化酵素が生息しており、石鹸やサッサを飲み込んでも普通に消化できてしまう。


「はあ、はあ……なんで落雁が……」

「全くかしましいですね。風紀の乱れは許しませんよ?」


 卜部先生が倒れ込むと同時、部屋の中に姿を表したのは歩く週間プレイボーイーーもとい、桧取沢歓奈である。


「あ、カンナちゃん! あのね、あのね! 卜部先生が落雁出したの!!」


 飛鳥は落雁の一つを歓奈の顔の前に付きつける。その表情は無邪気と喜びに包まれているのは、いうまでもない。

 鬼の風紀委員――のくせに、中身は案外抜けている歓奈は、何も疑問を有することなく、飛鳥から落雁を受け取るとそのままポリポリとやり始めた。


「これは美味ですね」

「でしょー?」


(ね、ねえ、アイツ吐き出された落雁食ってるよ……)

(歓奈ちゃん大丈夫なのかな……?)


 後ろで千歳と和穂は心配そうに耳打ちをし合ったが、あのやかましい性格を思うと、事実を打ち明けるわけにも行かず、「まあ、あの人なら死なないでしょう」という勝手な憶測で、だんまりを決め込む事にした。知らぬが仏、知らぬは桧取沢ばかりなり、である。


「落雁、なかなかいけますねえ」

「ねー?」


 そんな茶番のスキに葉沼は席を立ち、お手洗いへと向かう。さらにその動向を見極めたヘラも、彼の後に付いていく。

スランプやぞ

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