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第三十五話 広がるプラズマ

京アニ放火事件でそれどころじゃない

 平穏な休日も過ぎて、いつもの放課後。


 雪花は休日の飛鳥の様子が気になると見えて、さっきからずっとソワソワしている。倶楽部にはまだ葉沼は来ておらず、雪花、ヘラ、和穂、それに当の飛鳥が居るばかりであった。雪花はいつもの席に座り、業務を片付けるフリ――をして、飛鳥の動向と言葉を一言一句欠くことなく監視を続けていた。

 飛鳥は相変わらず和穂の膝の上に乗ってウキウキと読み聞かせをしてもらっている。


「……ロリのじゃ娘にハマったマジキチは身を持ち崩し、長らく女道楽に耽って借金まみれの日々を過ごすこととなったが心機一転。すすきのでロリのじゃ専門店『人間の子なぞ孕みとうない!』という店を開き、末永く繁盛したそうです」


 和穂はフワフワと優しい声で、飛鳥の持ってくる珍妙奇天烈なる絵本を読んであげている。

 こうしておくと、飛鳥の機嫌が良くなり、おとなしくなるーーそれ故に倶楽部に誘われたのだがーーのは言うまでもないか、今日は一段と機嫌がよろしいようである。


「飛鳥ちゃん、機嫌いいね。なんかいいことあった?」

「へへー。わかる?」


 和穂は苦労人だけあって、案外人の心を見抜くのがうまい。それでいて清廉潔白、正直なので、多くの人から相談を持ちかけられるタイプであったりする。


「なんとなくだけど……なんか、面白い事でもあったの?」

「うん。とても楽しいことがあったの!」


 飛鳥は嬉々として、葉沼と映画を観に行ったことを話し始める。これに触発され、気が動転したのは雪花である。近くで控えているヘラの袖を引っ張ると、


(ヘラ、飛鳥に聞かなかったの?!)


 あの後、飛鳥に問い詰めなかった事をなじってみせる。雪花は、ショッピングモールを離れたあと、飛鳥の家で何があったのか、気になってしようがなかった。


(無理言わないで下さいよ。アタシはあの子とあんまり付き合いがないんですよ?)


 一方、ヘラは淡々たる調子で主人の命令に反撥してみせる、いくら主人のいいつけとはいえ、もっともである。そこまで仲良くない人間から異性のことを根掘り葉掘り尋ねられたら、いくら鈍感な飛鳥でも気づいてしまうであろう。


(それでも聞いてよ!)

(不審がられますよ!)

(だって、首席のことよ!)

(ならお嬢が聞いてくださいよ!)


 部屋の片隅で主従の論争が始まる。和穂は「またワガママ言ってるのかな?」と、ヘラに同情を寄せたが、首を突っ込むことはなく、飛鳥に話の続きを尋ねる。


「へー、楽しかった?」

「最高だった!」

「それでその後、お家に招待したんだって?」

「うん。パパとママが会いたいっていうから、連れて行ったんだ! 面白かったよ。色々あって」


 飛鳥はそびえるアホ毛をピコピコと動かしながら、和穂にじゃれる。


「まずねー、挨拶がてら両親に合わせたの!」

「なんか言ってた?」

「うーん、パパは『いつも飛鳥と遊んでくれてありがとう。君が葉沼くんか。なるほど首席とあって明晰な顔つきをしているな』みたいな、事を言ってた。ママは『あら、君が葉沼くん。飛鳥の話では文武両道のすごい人だというから、どんな怪物なんだろう……ってちょっと心配したけど、いい男じゃない。これからも飛鳥をよろしくね』みたいなことを言っていた」


 本人はサラッと言い流しているが、彼女が口にする親の言葉は一言一句間違いはない。すべて正確に暗記している次第である。


「へ、へえ。なかなか攻めるね……それからどうしたの?」

「出前のお寿司食べたんだー。あんなにワイワイ楽しく過ごしたのは久々だよ!」

「へー、何食べたの?」

「色々なお寿司と……あと、お父さんのアシスタントさんから牡蠣やホヤが送られてきたからそれを食べようってなったの」

「いいねー」

「ホヤも牡蠣も生で食べようって事になったんだ」


 和穂と飛鳥は和気藹々と食事談義を始める。よせばいいのに、葉沼絡みになると、余計な首を突っ込んでくるのが雪花である。なお、彼女は最初のお寿司と牡蠣の下りはヘラとの悶着で聞き落としている。


「でも、生で食べると危なくない?」

「んー、生だと危ないって思ったけど、特になんともなかった。生でも問題はなかったよ」


(な、生?!)

 雪花は口に含んだ紅茶を壮大に吹き出した。彼女は完全な勘違いをはじめている。


「でもー、生は嫌だね。私の口に合わなかった」

「まあ、生はクセあるからねえ……葉沼くんはどうだった?」

「よっしーも生で食べていたよ」

(な、生で食べた?!)


 雪花の顔がどんどん赤くなる。


「でも、よっしーなんか、食べ慣れてないから下手なんだよね。どう食べればいいのか、困ってるの」

「確かにあれはコツがあるから……」

「一気に吸って! っていったら、すぐに気に入ってバクバク食べていたけどね」


(す、吸う?!)


「もう一方はどうだった?」

「あー、あっちは生理的に無理だった。噛んだらさ、潮が飛び出すんだもの」

「まあぴゅっと出たりするよねえ……癖も強いしね」

「よっしーなんか、飲み込むにも飲めこまずに口の端から潮を出していたし」


(潮を出す?!)


「葉沼くんらしいね……でも、それ以外はよかったんでしょ?」

「最高だった!」


 雪花の頭の回線が迷走をはじめ、顔はおろか体中プスプスとオーバーヒートをはじめる。経験は一つもないくせ、ヘラから借りる少女漫画のせいで人一倍恋に詳しくなっている雪花サマが熱くなるのも無理はなかった。

 それでも平然を装おうと、紅茶を一気に飲み干した矢先、またもや飛鳥が爆弾発言をぶっこむ。


「その食べっぷりを見ていたらね、パパね、よっしーのこと気に入っちゃってさ、『こんなにいい男なら、是非とも飛鳥の婿になってほしいなあ、ガハハ………』とか言ってた」

「婿」という言葉に反応して、椅子から転げ落ちたのは、雪花であった。


 (り、両親公認!?)

 

 驚いたヘラに起こされながら、雪花は有る事無い事妄想をし始める。


『おめでとー! 飛鳥ー! 吉暉ー!』

『ありがとー!』

 雲ひとつない晴天のチャペルの下、純白ドレスに身を包むのは東海林飛鳥。少しだけ大きくなった彼女の隣には、葉沼がいる。

『苦しい時、悲しい時、汝らは一緒にいる事を誓いますか?』

『はい』

『はい』

『雪花! 俺は飛鳥と結婚したぞ!』

 そして二人は囃される声に合わせて指輪を交換し、そっと口づけを――


「いやぁぁぁぁぁぁ!」

「お嬢! 何考えたんですか! ちょっと!」


 雪花は目を白黒させるとその場に卒倒した。

 傍で一部始終を見ていた和穂は驚きの余りに飛鳥をそっと椅子に座らせて、近くに立ち寄ったが、ヘラは「いつもの事だから、気にしなくて大丈夫」と、元に戻るよう呟くと、オーバーヒートをした主人の額に冷えピタシートを貼ってあげた。

 そんな妄想を知ってか知るまいか、当の飛鳥は、


「でも、よっしーと結婚とかなんかなあ。友達としては大好きだけどね。よっしーは、もっと立派な人と結婚するべきとは思うよ」


 と、やけに大人びいたことを口にしながら、雪花の方を一瞥したが、血の気が失せている雪花がそれに気付くことはなかった。

花の命は短くて苦しき事のみ多かりき

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