第三十三話 楽しい東海林家
ネタが浮かばねえ
「これからどうするよ?」
映画を見終わった葉沼はベンチに腰を下ろすと、クリアファイルを眺めている飛鳥に、そう尋ねた。
「ご飯にする?」
「んー、どうしよ。ご飯は……。ねえ、よっしー、少しだけ買い物してウチでご飯食べない?」
「え、そりゃまたどうして……第一いいのかい。親御さんに迷惑じゃないか」
「別にー。ウチお手伝いさんいるし。よっしーの食べたいもの作ってもらおうよ! パパやママもよっしーに会いたがっていたよ?」
「ありがたいが……アッス、お前、ご両親に俺の事話しているの……?」
「うん。今度の首席は楽しいよ! って」
「そう……あれ、飛鳥のご両親は何やってるんだっけ?」
「んー、パパは映画監督! ママはねー、ファッション・デザイナー!」
この親にしてこの子あり――とは古い言葉であるが、天衣無縫の飛鳥の親もまた才能と閃きとセンスが重視される天衣無縫の人物であった。普通の人では思いつかないような世界観や考えを、父は映像で、母親は服やデザインに表してみせる。
父親の世界は「東海林作品」と若者を中心に持て囃され、母親のデザインに至っては「世界のショウジ」とまで言われている。夫婦揃って世界を股に掛け、多忙な日々を過ごしているのは言うまでもない。
因みに家の中での権力は母親の方が強い。女は強し、とでもいうべきか。もっともかかあ天下ではあるが夫婦仲は良好で、しょっちゅう二人でお出かけや食事に出かけている。「どう、おいしい?」「おいしい……ドアラァ……」と夫婦で語り合う姿は、オシドリ夫婦の見本として、テレビや雑誌で紹介された事がある。
「ああ、そうだった……そんな有名な人と会っていいのかい?」
「何言ってるの? よっしー、あの八王萬学苑の首席なんだよ? もっと胸張って。自信持ったほうがいいよ。それによっしーが会わせてほしいっていってるわけじゃないし。ウチの親からの頼みなんだから……」
こういう時の飛鳥の鋭さと説得力は、そのへんの凡夫からは到底出てこないものである。
「……そうか。相手の好意を無駄にするわけにも行かないしな。うん、じゃ、飛鳥の家に行くことに使用」
自身の提案を飲み込んでくれた葉沼を満足そうに見つめると、「じゃあ、少しだけショッピングモール覗いて、家にいこう」と、嬉しそうに語りかけた。
「うん」
「じゃ、ちょっとまってて。パパに連絡するから!」
そういうと飛鳥はスマートフォンを取り出し、「あ、パパー。おはモーニング」などと喋り始めた。
飛鳥がもう少し大きくて官能美に溢れる女性であったならば、完全に告白の流れである。
その一部始終を物陰で見ていた三人が落ち着いてみているはずもなく――
「な、なんです! い、家に異性を呼ぶって! 風紀違反です!」
歓奈は「食事の後にベッドに誘うんです!」などと、禁則ワードを連発している。物陰から葉沼を覗く度、豊満な胸がブルンっと揺れる。行き交う人が彼女を一瞥しているが、気がつく様子もない。
「いや、あんた、葉沼はそんなことしないだろ……」
ヘラは飛鳥の縦横無尽ぶりに呆れながらも、歓奈を制する。
「親がいる手前、そんな事はできないでしょ。葉沼が飛鳥に手を付ける勇気もなさそうだし。大体、異性の家でご飯を食べるとか普通でしょ。高砂なんかどうなるん。あいつなんか毎日千歳と食べているんだよ。完全に夫婦じゃん」
そう言いながら、ヘラは主人雪花へと視線を移す。珍しく物静かな主人が少しだけ気になったからである。
「あー、お嬢……葉沼が行きますよ………って、お嬢?」
反応のない主人に訝しんだヘラは、雪花の顔を覗き込む。
「お嬢?」
「…………」
「おーじょーう?」
「…………」
「おじょ……、し、死んでる……」
果たして雪花は真っ白な灰になっていた。先程の飛鳥の行動が会心の一撃になってしまったようである。
「あー、もう、どうしてポンコツしかいないんだ……」
ヘラはクシャクシャと前髪を掻きむしった。どうしてこうも有りもしない妄想が働くのだろうか。
(大体、飛鳥は恋心とかわからんだろう。面白いかつまらないか、その二点で生きてる奴だぞ……)
飛鳥は一切邪な気持ちがない。親に会わせると言っても「友達のよっしーだよ!」と、はしゃぐのが関の山である。
いずれ飛鳥も、恋心を知る時が来るであろう。ただ、その恋心が葉沼に向けられていないのは明白であった。
にも関わらず、雪花は暴走する。行き過ぎた愛もまた考えものである。
「お待たせー。パパねー、楽しみにしてるって」
「大丈夫そう?」
「うん。寿司でもとって待ってるって」
「……なんか申し訳ないね。たかだか俺のために……」
葉沼はフードの中に顔を隠した。
「そんなことないよー。よっしーはもう少し他人に甘えた方がいいよー。普段自炊しているんだからさー!」
「……そうか?」
「よっしーなら鶴喰家に出入りしてタダ飯たかっても怒られないよ」
またしても純粋無垢故の爆弾発言である。雪花が普通の状態であったならば、間違いなく飛んでいったであろう――が、幸いにして今彼女は白い灰になっている。
「あのな……そんな事したら鶴喰が怒ると思うよ……。男嫌いの鶴喰と食事しようたって、相手が拒絶するだろう」
「そんなことないよー! だって雪花ちゃんはー!」
飛鳥が「よっしーのこと大好きだもん!」と言いかけた瞬間、幸か不幸か、
「バーニラバニラバーニラバーニラバニラバーニラ求人ー!」
と、例のピンクトラックが爆音を鳴らしながら、近くを通り過ぎていった。
そのせいで、葉沼は聞き取れなかったが、格段気にすることも聞き返すこともなく、「まあ、そういうなら、頼るようにするよ」と、適当な相槌を打ってみせる。
二人の発言を耳にしたヘラはギョッとしたが、取り敢えず主人の耳に入らずにホッとした。余談になるが、通常状態の雪花が葉沼と差し向かいでご飯などをしたら、緊張と愛おしさのあまりに身体が溶けてしまい、見るも無惨な姿になる。
雪花が葉沼をランチに誘わないのは羞恥心と、そういう姿を見られたくないという意地あってこそである。
「ねー、よっしー、ここまで来たんだからタピオカミルクティー飲みに行こうよ」
「タピオカミルクティー……ああ、今流行りの……そういや、人気店が出店したって言ってたな……ここから近い?」
「隣の建物の一階! どうかな?」
「なら手間取らずに行けそうだね。適当に見ながらブラブラしよう」
そういうと、葉沼と飛鳥は仲良く鼻歌を歌いながら、移動を始めた。
「お嬢……まだ灰になってんですか……あの、お嬢……全く……」
ヘラは灰になった雪花を引きずりながら、葉沼の後を追っかける。
つらい




