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第三話 無敵ヨウジョ飛鳥ちゃん

純粋無垢な子供は強い(確信)

 卜部先生が砂糖を吐き出した直後のこと。


 響子が床に積もった佐藤を片付けようとしていると、荘厳なドアがゆるゆると開き、ちょこちょこと可愛らしい足音がこちらに近づいてきた。


「こんにちはー! って、あ! キョーコちゃんにセッチャンだ! おーい!」

「げ、東海林飛鳥……」


 ピョコンと跳ねたアンテナ状のアホ毛に黄色のカチューシャ、高校生とは思えないほど小柄な体格をした同級生、東海林飛鳥がヒョコヒョコとやってきた。その姿を見た雪花は思わず数歩退いた。


「あ、凛ちゃん先生もいる……って、先生、なんで砂糖を吐いてるの!」

 

 この飛鳥。葉沼、雪花に次ぐ頭の良い人物であるが、その中身は天真爛漫な子供そのもので、全く邪な事を考えない性格である。秘密も持たなければ、人を陥れるような事もしない。よく言えば正直な人間であるが、策略と計算づくで生きている雪花からすれば、これくらい歩の悪い相手はいなかった。


 計算や予想が一切通じないくせ、自分の心の領域や仮面の中をズバズバと暴いてくる。雪花にとってはエイリアンのような存在であった。


 唯一の救いは精神があまりにも純粋で、天真爛漫故に恋心や人を訝しむ心を持っていない事であった。飛鳥にとって、雪花も響子も卜部先生も楽しい友達にすぎず、自分に関与しない人は「楽しくない友達」としか思っていない。


 もし、彼女が邪な心を持っていた日には葉沼を手玉に取る恐ろしい小悪魔系女子が爆誕したことだろう。


「お、おお、飛鳥……。先生はな……いま、恋バナを聞いとったんじゃ……」

「恋バナって何ー? バナナー?」

「バナナではない。ま、まあ、そうじゃな。男と女のお話というところかのぉ……おえええ……」

「おじいさんは山へ柴刈りに行っておばあさんは川へ洗濯にいくみたいな?」

「そ、そういうのではないぞ。あれじゃ、所謂らゔ、じゃ。お主もテレビとかで見るじゃろ、ラブストーリーとかいうものを」

「ふーん、そういうのはよくわからないや」


 砂糖を吐きながら説明する卜部先生を不思議に思う事なく、砂糖の山へと近づくと指を突っ込んで、ペロペロと味見をはじめた。


「ああ、東海林さん! 落ちてるものを勝手に食べちゃだめ!」


 友人でお目付役の響子が飛んできて、すぐさま彼女を抱き上げる。


「こらっ、お腹痛くしちゃうでしょ?」

「大丈夫でしょー。山の一番てっぺんを掬ったから床についてないし。それよりもこの砂糖凄く美味しいよ! 讃岐の和三盆や琉球の黒糖なんかよりも美味しい! 上質な糖蜜を凝縮したような味!」


 性格こそ子供であるが、その頭の中身はとうに大人を凌駕している。その見た目とコメントとのギャップを見たら必ず驚く事であろう。


「凛ちゃん先生もなめてご覧よ!」

「あ、こら!」

「なんじゃと……」


 卜部先生は砂糖を口内に溜め込んで、ゆっくりと飲み込んだ。そして、カッと目を見開くと、


「こ、これは……う、美味い……上質な甘みの中に深いコクと爽やかさがある……! こ、これが恋の味が……!」

 

 と、ホロホロ涙を流し始めた。人間は旨さの限界値を振り切ると涙をこぼす生き物のようである。


「う、美味いぞ! 美味い! こんなうまいもの食べた事ない!」

「手取り十八万円じゃ砂糖にお金かけられないもんねー!」

 

忖度する気持ちを飛鳥に求めるのも無理な話で、卜部先生の安月給を暴露する辺りはなかなかの畜生ぶりである。彼女のような人間が世の中に溢れかえったら某猫型ロボットのエピソード「のび○だらけの世界」のようになってしまう事であろう。いや、それよりも恐ろしい世界が待ち受けていることであろう。


「先生の砂糖美味しいよ! もっと出して!」


 飛鳥は卜部砂糖をお気に召したようである。卜部先生の袖にすがって催促するが、早々砂糖が吐けるものなら、サトウキビやテンサイを育てる必要性など存在しない。


「のう、飛鳥……そんな簡単に砂糖が出せるわけじゃない。それこそ甘ーい、胃もたれのするような話を聞かなきゃ出てこないんじゃ。それも先程のは奇跡的なもので、もう二度とは出ないかもしれん」

「胃もたれする話って?」

「それこそ、男と女が不思議な感情で悩むような……ってお主に言ったってわからないじゃろ?」

「もしかしてこんな感じの?」


 そういうと、飛鳥は鞄の中から漫画を取り出して、ある頁を開くと先生の前に突きつけた。


 そこには、今にもキスしようとしている男女のイラストが書いてあった。しかも、端のコマには「キスってこんなに緊張するのね……」というご丁寧なるコメント付きである。


 その絵を見た瞬間、卜部先生はマーライオンのように勢いよく砂糖を吐き出した。


「やったー!」

「おえええ……おえええ……うぬぬ、どうしたもんじゃ、妾は砂糖を吐く体質になってもうた! て、お主はどうしてそんな漫画を持っとるんじゃ!」

「これ? よっしーが貸してくれた!」

「よっしーとな?」

「葉沼吉暉だよ、話題の編入生がいるでしょ?」


『葉沼』という言葉を聞いた瞬間、これまで棒立ちになっていた雪花がピクリと動いた。しかし、その異変に飛鳥が気がつく事はない。


「あー、あの男か。そうか……それにしても、なかなか過激じゃのう……ゴクリ……」

「貸してあげよか? 砂糖と引き換えにすれば、きっと喜んでくれるよ。よっしー、一人暮らしだから調味料とかにも不自由しているだろうし……」

「そ、そうか……それなら、そのご厚意を有り難く頂戴しよう……」


 口では慇懃なことを言っているが、この卜部先生なかなかのムッツリである。


「じゃあ、よろしくねー!」

「お、まかしておき!」


 後日、卜部先生はとんでもない奇跡に直面するのだが、この時はまだ知る由もなかった。

 一方、雪花は、既に葉沼と仲良くなっている飛鳥の存在を知り、愕然とその場に座り込んでしまった。響子が飛んできた時には口から魂が出かかっていた。

次回はバカップル(?)が出ます。多分。

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