第二十八話 飛鳥vs.八尺様
飛鳥vs八尺様です。この会で終わりです。
『クソ、ひどい目に遭うた……』
雪花の身体から命からがら脱出した八尺様は身も心もボロボロであった。あんなデレデレの青春の一コマを魅せられては無理もない。卜部先生が砂糖を吐くのも決して馬鹿な話ではない、という事である。
『も少しマトモな女子を探さねばなるまいのぉ……』
その日は学苑が休みだったのは幸か不幸か、生徒らしい生徒は男子くらいしかおらず、それも引き上げの準備を始めている。
なかなかいい器が見当たらない事に苛つきながら、八尺様は学苑を抜け、近くの公園を彷徨う。公園のベンチには、女子たちが馬鹿話や恋バナなどをして、思い思いの時間を過ごしている。
『ふむ……どの子が良かろうか……。あまり低俗な輩は身体の毒じゃ……純粋で穢のない奴でなければ……』
そうはいうものの、大体こんなところでだべる女子高生などたかが知れている。純粋はともかくも、穢を持たない女子高生がどれだけいる事であろうか。
『……あれはダメじゃ。男臭い。むっ、こっちも……。なんじゃ、血の匂いをプンプンさせおうて……』
八尺様は思わず顔を顰めた。
女子高生たちを吟味しながら、公園の中を歩いていくと、八尺様のセンサーがビリビリと音を立てて、反応をはじめた。
『な、なんじゃ?! こ、これは強大な力を感じるぞ!』
センサーが指差す方へ向かうと、そこには砂場でプレーリードッグごっこをしている飛鳥の姿があった。
「エウンエウン! エウンエウン!」
「おねーちゃん、それイシ○ブテの鳴き声だよ!」
「プレーリードッグってなんだよ! 」
近所のマセガキたちも飛鳥に交じって好き勝手に遊んでいる。
『ふふふ……こ、これは逸材じゃ』
飛鳥を目の当たりにした八尺様は恍惚と愉悦の混じり合った表情を浮かべた。穢がなくて、純粋で、それで頭が良くて、周りから慕われる――八尺様が求める人材そのものだったからである。
『こいつこそ復活の器に相応しい!』
飛鳥が欠伸をしたスキに、八尺様は彼女に取り憑いた。そして、頭の中へ移動をして、負の感情を貪ろうとした――が、その期待は見事に裏切られる事となる。
『な、なんじゃ、この脳内は?! こ、こいつは何を考えているんだ!! お、お花畑?! い、いや、お花畑だけじゃない! プールの中で物理工学とフランクフルト学派が手を組んで踊って……いや、また風景が変わる……? デーモン・コアvs男塾?! な、なんじゃこりゃ!?!?』
この直後、八尺様は途轍もない光景を目の当たりにして、自ら存在を消滅させる程の悶絶に苛む事となるのだが、この時はまだ、これが序の口である事だと知る由もなかった。
「あー、キョーコの猫ちゃんだ!」
飛鳥がそう口ずさむと、世界が一巡して、アヴァンギャルドな風景と移り変わる。
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頭の中を流れる洗脳ソングというべき雑音とカオス極まる風景。
これには八尺様も耐えることができず、見る見るうちに衰弱し、のたうち回り始めた。
『ギャァァァ!!!!!』
一言でいうと、飛鳥の脳内環境は「カオス」に尽きる。その天才的な頭脳、小柄な身体に合わない計算能力、それが渦を巻いている。
その頭の中で生み出された言葉は世界的な学者を感涙させ、多くの新発見を導けるだけのものを有しながらも、幼い言葉遣いとして排出される――例えるならば、推しのキャラと出会ったオタクが「この作品は絵柄と造形だけでなくて構造も性格も背景や言葉も、いやそれだけじゃない……」と、様々な感情を覚えた挙げ句、「尊い……」だけで、済ませてしまうようなもの。
飛鳥の幼い言葉遣いもずば抜けた計算によって最適化されたものなのである。信じがたいが。
何がやってくる! やってくる! やってくる! 誰かがやってくる! やってくる! 変な婆さんやってくる! やってくる! 変な婆さんやってくる! やってくる!
『やめろぉぉぉぉぉ!!!!』
飛鳥の頭の中で相変わらず高等数学とアヴァンギャルド的な図形と変な歌が渦を巻いている。
川の上から どんぶらけっけと 桃が一個流れつき おばあさんが 腰巻きめくって 拾い上げる どこかで見たかと思ったら おじさんのケツだった
『き、消える?! こ、このワラワが?! や、やめろ!! そのような音楽を! 風景を! 見せるなァァァ!!!! ギャァァァァ!!!!』
かくして飛鳥の凄まじい脳内環境のおかげで、八尺様は錯乱の末に自ら消滅。キスをしそこねた雪花を除いて、住民たちはいつもの同じような時間を、同じように過ごしていくのであった。
これ以来、雪花は葉沼に「雪花」と呼んでいい、と釘を差したが、葉沼は先日の後悔があるのか、相変わらず「鶴喰」と呼び続けている。
クラウドファンディングに忙しくて原稿駄目です




