第二十四話 NEO八尺様
相変わらずパロディです
諸君は八尺様を知っているだろうか。
八尺様はかつて世界を恐怖に陥れる存在であった。男や女の心の隙間(主に男)に潜り込み、疑心暗鬼を生ませ、パンデミックの如く人の心に乗り移っては、巣を作る。
多くのトラブルや問題を生じたさせた挙句、人々の心を食い荒らして力を得た八尺様は、邪気を発揮して、その世界までも消滅させてしまう――怪異現象を超えたそれはもはや脅威であった。
その脅威と凄まじさのあまりから封印されていた八尺様であるが、様々な事情が要因が重なったことにより復活。まず手始めに北海道へと侵攻し、人、心、存在そのもの全てを喰らい尽さんと、様々な現象やトラブルを引き起こそうとした――が、その存在はすぐさま敵対勢力に見つけられ、勇気のある二人の中学生の活躍によって、その野望は食い止められた。
死闘の末に敗北した八尺様は、人間たちによって二度と復活できぬよう消滅させられた――はずであった。
確かにその99%は激闘の末に、この世から消滅した――が、消滅する寸前、自分の身体の一部を切り離し、別の世界線へと転生させておいたのである。流石の敵対勢力も、この転生には気がつくはずもなく、見逃す結果となってしまった。
そして、現在。八尺様――もといNEO八尺様として生まれ変わったこの怪異が、八王萬学苑に潜り込み、再び猛威を振るおうとしていた。
世にも恐ろしい存在が刻一刻と迫っている中、八王萬学苑の河童懲罰倶楽部は相変わらずの時間を過ごしていた。
「明日は休日だねー!」
今日は金曜日――休日大好きな飛鳥は、葉沼の机の上でこっくりさんに興じている。その隣の席に座っている雪花から途轍もなく鋭い睨みを飛ばされているのだが、彼女が気がつく様子もない。
「よっしーは、休日、何するの? 明日暇?」
「俺は……ごめん、明日ちょっとね、用事があるんだよ」
「なにー?」
「いや、学術出版からの依頼でね、この学苑の首席と次席のインタビューをとりたいっていうんだ。その関係で、明日も学校さ」
「えー! 頭がいいのは大変だね」
「……君も三位だろ?」
飛鳥はケラケラ笑いながら、葉沼の頭の上に上ってみたりする。
「し、東海林さん。机から降りて。葉沼くんの邪魔になるでしょ」
真っ先に注意したのは、雑用係兼お目付け役の柊和穂であった。彼女のおかげで、倶楽部の良心的存在、咲良井戸掘響子の負担は軽減し、最近では好きなネコチャンたちと遊ぶ時間も持つ事ができるようになった。
「えー、かずちー。さっきよっしー別に構わないって言っていたもん。ね、よっしー」
「……うん」
「もう、葉沼くん。ちゃんと言わなきゃ駄目よ。そこは首席専用の席なんだし、仕事もあるんだから……」
この学苑で首席になると当然のように学術雑誌や学生向けパンフレットから「エリートが教える勉強法!」「私の勉強法!」などといった仕事が舞い込むようになる。これも首席の仕事の一つであり、また葉沼の小遣い稼ぎでもあった。
よじ登ってくる飛鳥を相手にしながら原稿に向かう姿は、さながら犬猫好きの作家のようである。
「ほら、東海林さん。本を読んであげるからおりてらっしゃい」
表面上、同級として雑用係として明るく気丈に振る舞っているが、その横でイライラしている雪花の眼光にすくみ、内心ビクビクしていたのはここだけの話である。
「はーい、じゃあこの本読んで!」
そういって差し出してきたのは『ウンベルト・エーコ「フーコーの振り子」にみる西洋精神史と小説手法の変遷についての一考察』という分厚い論文であった。
「東海林さん……流石にこれは読めない」
「えー! なんでー! 面白いのにー!」
「いや、頭の出来が違うからね……もう少し読みやすい本にして……」
「じゃあ、こっちにする!」
論文を置いて、代わりに取り出したのは漫画本『チトセがゆく 〜女殺触手地獄〜』という作品であった。
「これ、好き! 本当に好き!」
「触手地獄……ま、まあ漫画だからいいのかなあ……」
この後、和穂は羞恥プレイのような状況に遭遇する羽目になるのだが、この時はまだ知らなかった。
(あの小動物は……!)
一連の過程を見つめていた雪花は、心の中で自由奔放な飛鳥の悪態をついた。大好きな葉沼の領域にズカズカと踏み込み、自分では到底できないことを、やり遂げてみせる。思考や行動は予測不可能のくせ、時折真理をつくような事をいう。
しかしながら、その裏表のない性格が、今の雪花にとっては羨ましかった。自分もあのように心の裏表なく話せたならば、今頃は葉沼と相思相愛になれているのかもしれない――
(私ももう少しだけ正直になれるなら……)
自分の弱さを自覚し、ため息をついた瞬間、ズキリっと心が傷んだ。
この時、彼女は知る由もなかった。一瞬の心の隙をつかれ、恐ろしい怪物に侵入を許してしまったことを――
(ふふふ……ここでしばらく休んでから……お手並み拝見、といくか)
雪花の心の中で、化物は不気味な笑い声を上げた。
催眠プレイ大好きです(大嘘)




