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第二十二話 ある日の馬鹿話

青春トークが夢でした。

 琥珀色の太陽が、さんさんと照りつける昼下がり、雪花が葉沼の姿を拝みに教室へ行くと、葉沼の姿はどこにもなく、男たちが蜂の群れのように団子となって、バカ話をしていた。


(……葉沼首席はいないんですか)


 葉沼に惚れているとはいえ、親類と高砂を除けば男嫌いを徹底している雪花のこと、ウジャウジャと軽率な動きと共に群れる男の集団くらい不快ななものはなかった。


(……帰りましょう)


 雪花はショボンと項垂れて、Uターンをしようとした刹那――

「なあ、高砂はどういう女がタイプだ?」

 と、賑やかな声が聞こえてきた。


(……犬の分際で、偉そうに話なんかしているんですか?)


 普段ならばそのまま戻る選択を選んだであろうが、曲がりなりにも面識のある高砂衛介の話と聞いて、思わず立ち止まってしまった。興味関心は何とかを殺す、といったところだろうか。


「何を抜かしやがる。俺の好みは言うまでもねえ。橋本環奈のようなタイプだ」


 衛介は本心をぶっきらぼうな言葉で包み隠して、差し障りのない答えを口にする。


「まーた、照れちゃって。お前は住吉みたいなのがタイプなんだろ?」

「な……!」


 悪友の一人に心の中を見透かされた衛介は茹で蛸のように顔を真っ赤にし、目を丸くしたが、そこは短気な彼のことである、照れ隠しをするように、

「お、もう一遍抜かしてみやがれ!」

 と、相手の胸ぐらを掴んで、威勢よく突っぱねる。


「な、なんで、俺があんな奴を……!」

「えー、だって、同居しているんでしょ?」

「た、確かにそれはそうだが……それとこれとは話が別だ! うちもあいつの家も親が忙しいから一緒に暮らしているだけで!」


 衛介もまたなかなか素直じゃない一人である。心の底では千歳の隣りにいたい、特別でありたい、と密かに願っているのだが、彼の纏っているプライドと男気がそれを邪魔している。


 故に、雪花と相反しながらも、縁が切れないのはそういう同族的な所を――それは嫌悪という形ではあるけど――認めあっているからである。


「俺から見りゃあんな奴は老いぼれた猫とおんなじだ! 口と眼光ばかりうるさくて、ダラダラしっぱなしの……」

「だーれが、老いぼれた猫だって?」


 そこに立っていたのは、いつもより鋭い眼光を迸らせる住吉千歳であった。


「げっ、千歳……」

「あんた……人がいないと思えば好き勝手なことをベラベラベラベラ……」

「な、なんでてめえがここにいるんだ!」

「あんたが弁当を持たずに出かけるからでしょ!」


 そういうと、千歳はパッとトンボを切って、飛び膝蹴りを衛介に食らわせる――筈であったが、衛介がヒラリとかわしたことにより、隣りにいた男子にぶちあった。


 これが普通の生徒ならば暴力沙汰として問題になるだろうが、この生徒は千歳ファンクラブ「謝謝茄子」の一員であった。


 締まった太腿とツヤツヤとした肌から放たれる一撃を受けて、ご満悦――という表情を浮かべたかと思うと、

「謝謝茄子!」

 と、一言呟いて、その場に倒れ込んだ。


「ここは退散だ! 悪いな!」

「エ〜イ〜ス〜ケ〜!!!! 待て!!」


 そういうと、衛介はヒラリと机を飛び越え、脱走した。千歳も顔を真っ赤にしながら、後を追いかけていく。


「……なんだかんだでお似合いだよな、あいつら」

「ああ……」


 男は余計なことを語らない、一言で全てが通じる。同級たちは「いい……」「わかる……」などと、しきりに頷きあっていた。


(相変わらずうるさい犬ですね……住吉さんも控えればいいのに……)


 悪態をついてみたものの、ココロの中に残るのは「自分もああして葉沼と戯れたい」という願望と、それができない不器用さであった。


 衛介が抜けた後も、男子たちは相変わらずバカ話を続けている。話題はいつしかタイプの女性から、同学年の女子へと変わっていた。


「まあ、橋本環奈とかは高望みだけど、この学園でも相当な人がいるよな」

「いるいる。ていうか、下手な事務所よりいるだろ」


 男子たちは一斉にウンウン、と頷いた。


「一木……はやめておこう」

「なんでだ!」


 一木はぶんっと腕を振り回した。


「……だってお前、筋肉が恋人だ! とかいうじゃん」

「そうだよ! 悪いか!」


 そういうと、一木はポージングを取り、普段から可愛がっている上腕二頭筋を魅せつけた。


「あー、はいはい。ジムでやってください。一木以外の……木村、お前はどうだ?」

「俺? やっぱ桧取沢さんかなぁ。おめえ、あのおっぱいは殺人的だぞ。許されない領域だ」

「あー、わかる。あのお陰で俺たちはどれだけ慰めてもらったか……」


 セクハラまがいの最低な発言であるが、こういう事を平然と話題にしてしまうのが、男子高校生の愚かさであり、特権である。


「そういう多田野、お前は?」

「そうねえ、咲良井さん辺りかなあ」

「清楚なお嬢様! って感じだよな。でも少し堅苦しくないか? エロいこと言ったら怒られそう」

「いや、そのピュアさを含めて……さ」

「それに、さっき来たばかりだけど、住吉も悪くないよな。あの御御足は本当にやばい」

「……高砂に言ったら本気でキレられるけどな」

「あと、柊なんかも悪くないよな」

「おー、確かに。ずば抜けた美人! って感じはしないけど、健康体って感じだよな。如何にもハツラツしていていい!」

「平野、お前はどういう子がタイプ?」

「同学年じゃないんだけど……」

「ん、誰?」

「卜部先生がなかなか悪くねえなあと……」

「おー、マジかお前!」

「年上好きかよ」


 男たちは一斉にゲラゲラと笑い始めた。


「な、なんだよ。笑うなよぉ……」

「わ、悪かった。でもさあ、あの卜部先生はちょっとおかしいよぉ」

「まあ、わかる。だって、あのババア口調だぜ! 何とかなのじゃ! とか何時代の人だよ!」


 卜部先生をおかしく思っている数人は腹を抱えて爆笑をはじめた。その後ろに人影が迫っている事も知らず――


「……う」

「ワッハハハ!」

「のう……」

「あのババア口調はねえだろ!」

「だ、誰がババアじゃ!」

「ワッハハハ……って、あ……おば……いや、卜部先生……」

「お↑ばァ↓さんだとぉ? 戯けたことを! もう一度抜かしてみぃ! お姉さんだるぉぉ?!」


 婆あ呼ばわりされているが、そういう卜部先生もまだ二十三歳の花盛りである。決してババアというわけではない。口調的な問題があるだけで、決してババアではないのである。


「げ、卜部先生……どうしてここに?」

「わしの勘が告げたのじゃ! わしの悪口を言っていることをな!」


 こういう時、勘の鋭い相手はすこぶる厄介である。当然話を誤魔化せる筈もない。


「おら! 折檻じゃ! 折檻してやるぞ! そこになおれ! 神妙にせい!」

「……ここはひとまず」

「退散!!」


 そういうと、何人かの生徒は見計らったかのように机を飛び越え、廊下へ脱出した。


「こら、待たんか!」


 この後、卜部先生によって捕らえられた連中は、「卜部先生ハ素晴ラシイ乙女デス」を連呼する人となったが、何をされたのか、口を割る事はなかった。

次回はちゃんと葉沼が出るよ(確約)

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