第二十一話 その夜の事
すれ違いながらも近づき合う二人です。
その日は特に大きな異変もなく、下校を知らせる鐘と共に、会員一同散会する事となった。
飛鳥は歓奈の家にご飯を集りに行くらしく、一木はジムへ、千歳と衛介は買い物に行くと言って、挨拶もそこそこに帰ってしまった。
結果として、葉沼と雪花、従者のヘラが残った。もっとも、ヘラは主人の迎えのコンタクトや雑用をこなしているため、実質は葉沼と雪花の二人だけといっても過言ではない。
「鶴喰、ご苦労さん」
葉沼は帰ろうとする雪花に優しく声をかけた。
「……首席もご苦労さまです」
突然の労いの言葉に雪花は頬を染めた。こんな情けない姿を首席には見られなくない――と言わんばかりに、わざとそっぽを向いた。
「は、早く帰ったらどうですか。ひ、日が暮れますよ」
ここは正直に話しかけて会話のキャッチボールをすればいいものを、こういう時に自分の驕慢なプライドが邪魔をする。我ながら情けない――と雪花は増々顔を赤くした。
「ああ、帰るけど、これだけは言っておこうと思って……鶴喰は本当に優しいな」
「ふ、ふぇ……?!」
突然の葉沼の発言に、雪花は思わずバックを落としてしまった。
「とても優しいよ。ちゃんと会のことを考えているんだね」
邪なところのない葉沼は、雪花が会の運営のために本気で柊をスカウトしてきたものだと思いこんでいる。当然、雪花の策略『柊を介して葉沼を魅了する作戦』に気づいているはずもない。
「…………!」
その言葉を聞いた瞬間、雪花は動揺と喜びから、足元をもつらせ、倒れかけた。
「危ない!」
葉沼は倒れかける雪花の手と背を取り、身体を支えた。近づく二人の顔と顔、絡み合う指と指。
これが現実であるーーと認識した雪花はその場でオーバーヒートをおこし、暴走したかと思うと、葉沼の手を振り払い、そのまま部屋から飛び出してしまった。
「あ、待って! だ、大丈夫かなあ……」
雪花はもっと近くで葉沼の顔を見ていたかった――と後悔しながら、一瞬ではあるが繋がりあった左の指先を愛おしそうに撫で続けていた。
その夜、ご機嫌な雪花はベッドの上で鼻歌を歌いながら、今日の出来事を振り返っていた。
『鶴喰は優しいな』(雪花ビジョン)
『大丈夫か、鶴喰……』(雪花ビジョン)
思い出すたびに、身体全体が熱くなって、胸が波打つようにときめく。
しばらくして落ち着きを取り戻した頃、ヘラがタブレットを抱え、部屋の中に入ってきた。
「あー、頼まれた推薦状はこんなもんでいいですか?」
ヘラは柊和穂のプロフィールと推薦の旨を記したファイルを雪花に提出した。
「…………ええ、大丈夫よ」
「しかし、お嬢……いいんですか? 河童懲罰倶楽部は基本的に高成績と先生の推薦がないと、入れないんですよ……?」
ヘラは心配そうな表情を浮かべた。あまり下手に部外者を出入りさせると、他の生徒から「依怙贔屓」だと、反発される可能性が出てくる。
「いいんです。高砂の犬だって本当は部外者ですし。運用する為なら人材を登用するべきです。それに彼女のような庶民がいれば、他の生徒も期待が持てるでしょう。期待という飴を上げるだけでも抑止力になるんです」
そう言いながら、雪花はジョシュア理事長宛に署名入りのメールを送った。陰で雪花を溺愛している女史の事である。すぐに許可を出してくれる事だろう。
「そんなこといって……実は葉沼と付き合うための口実と味方がほしいんでしょう!」
「ヘラ!!!」
図星と恥ずかしさから顔を真っ赤にした雪花は、手元にあった枕を手に取り、ヘラ目がけて投げつけてみたが、当然当たるはずもなく、「悔しかったから早く告白してください」というヘラの笑い声が谺するばかりであった。
時同じくして、学苑近くの下宿先に戻った葉沼は和穂宛に電話をかけていた。
「あー、もしもし、柊。葉沼だけど」
「葉沼くん? どうしたの電話かけてきて」
「ちょっと言っておくことがあって……今、大丈夫?」
「大丈夫だけど……何かな?」
和穂はいつになく真剣な葉沼の声を耳にして、気を引き締めた。
「いや、今日な、倶楽部で審議があって……柊和穂、君を河童懲罰倶楽部へ招待する事が決まった」
「え」
突然の発表に和穂は慌てふためき、手元が狂ったと見えて、机の筆箱やノートをドサドサと落としてしまった。無機質な金属音が電話口に響いてしまい、葉沼が飛び上がったのも無理はない。
「えええええええ!? わ、わたしが……?」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……だけど、大丈夫じゃない……え、待って、本当に私? ドッキリじゃない?」
「なーんで俺がドッキリしなきゃいけねえんだ。アッスじゃあるまいし。本当だよ」
葉沼は呆れながらも、あやすような声で相手を諭した。
「ええ……で、でも、どうして私なんかが……だって私成績優秀者でもなければ部活や活動でずば抜けた才能を示しているわけでもないし……先生に目をかけられているわけでもない……」
「ま、まあそう思うよね普通……俺みたいなのが特殊なんであって、フツー、倶楽部入りなんて言えば、なまじ下手な大学に合格するよりも難しい案件なんだから……」
「え、でも、なんか、嘘みたい……ね、葉沼君。嘘ならまだ嘘って言えるよ」
「あのねえ……」
どれだけいっても訝しむ和穂をなだめる為、葉沼は今日あった審議の一々を全て彼女に話した。流石の和穂もこれには納得したようだ。
「……まあ、雑用係だから、会員としての投票権とかは持たないのは、悪いが了承して。もっとも、雑用係と言っても悪いようにはしない。まあ、単純にいえば、アッスや卜部先生のおもりだ。振り回されるかも知らんが、君は世話好きだろう。ま、咲良井なんかと協力してうまく回してくれ。雑用係とはいえ、倶楽部にいた経歴は記されるから、損はない。その気になれば仲間たちの会社くらいには斡旋してくれるだろう。どうだろう。引き受けてくれないか」
「……ありがとう。ありがとう」
和穂は相手に悟られぬよう静かに涙を払い、鼻をすすった。
「…………葉沼首席。私、柊和穂は其の推薦を有難く任命し、雑用係を引き受けます」
そう答えると、葉沼は安堵したのか小さな笑い声を上げて、
「いや、よかった……。断られたらどうしようかと思った。実を言うと、うちの倶楽部は変人だらけだから、本当に大変なんだ。咲良井が欠けると、住吉が唯一の良心になる。もっともあれもちょっと粗暴で、すぐ手出しをするから、なかなか困るんだけど……」
と、倶楽部の実情をペロッと吐露した。
それを聞いた和穂は、あの真面目そうな葉沼が、飛鳥や卜部先生に振り回され、てんてこ舞いに遭っている姿を想像してしまい、思わず吹き出してしまった。
「……というわけで、明日の放課後あたりに下駄箱に会員証を入れた箱が届くはず。それを持って帰って、大事にしまっておくように。あ、人に知られないようにしてね。これはオフレコの案件だから」
「……うん」
その後、二人は他愛ないおしゃべりを続けた。楽しい時間はすぐに過ぎ去るものとみえて、いつの間にか電話を切る時間も差し迫っていた。
「もうこんな時間か。あまり遅くまでやってると怒られるから、切るよ」
「うん」
「じゃ、また明日、学校で」
「あ、葉沼くん」
「ん?」
「本当にありがと……」
和穂はこんな自分に手を差し伸べてくれた葉沼に感謝をしていた。心の底から、そういうと、葉沼は相変わらず謙遜するような笑い声を上げて、
「いや、感謝は俺じゃなくて鶴喰に言ってくれ。あの子がこの話を持ち出してきたんだから……」
といったきり、そのまま通話は途切れてしまった。急に照れ臭くなって切ってしまったのか、と和穂は思ったが余計な詮索をする気は起きなかった。
次の日の放課後、図書委員の仕事を切り上げ帰ろうとした数穂が、そっと自分の下駄箱の中を覗くと小さな桐の箱が入っていた。ドギマギしながら、家に帰り、自分の部屋で中身を改めるとそこには「河童懲罰倶楽部 雑用係」と書かれた証明書とピンバッチが入っていた。
「…………♪」
証明書を定期入れの中に入れ、ピンバッチをつけると、鼻歌を歌い始めた。
一般庶民の彼女が倶楽部に入れたのは青天の霹靂であり、滅多にない僥倖であった――が、河童懲罰倶楽部の会員たちがどんな生活を送っていて、どんな事を考えているのか、まだ知る由もなかった。
これで大体のフルメンバーがそろったので、次回からは、短編をあげたりさげたりします。




