第二十話 河童懲罰倶楽部緊急集会
一木上佐が出てきます。この作品の慣例通り、大馬鹿になってます。
それから休日を挟んで、学校にやってきた会員一同は珍しく同じ時間帯に部屋にやってきて、会議机を囲んだ。
「……えー、鶴喰から、この倶楽部に雑用係が欲しいという案が出たので、今日はその議論をしたいと思います」
葉沼は珍しく首席の座に座り、議長の役回りを受け持つ事となった。その議題は言うまでもなく、「柊和穂の入会審議是非」である。
出席者は、響子を除いた八人。葉沼を正面に、雪花、飛鳥、歓奈、ヘラ、千歳、一木上佐、衛介の順に座っている。一木上佐は高等部進学以来、初参加であった。
「鶴喰、咲良井は?」
「……軽々しく話しかけないでください。咲良井さんなら過労のため休みだそうです」
「過労?」
「卜部先生が無茶振りしたそうですよ。泣きながら掃除に来てくれ、って頼まれて、部屋に行ったそうですが、そこがまあ……埃を吸いすぎたとか。悪いけど今日まで休むって……」
「あの先生もねえ……」
雪花はあくまでも冷淡な男嫌いを装おっているが、心の中では葉沼を独り占めして会話できる事が、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
「けっ、高砂のバカヤロー訪ねに来たら会議なんてやるのかよ」
一木は机の上に足を乗せ、如何にも不満と言ったポーズを取る。この男も高砂衛介並みの問題児であるが、頭は悪い方ではない。現に洗礼での成績は十位と相当の成績である。テストの時だけ、身体中の筋肉を脳みそに集中させ、超人的な記憶力を発揮する事で、この超人的な成績を維持してきた。弱点は、頭が筋肉に寄っていて、すぐに力任せになる所と、頭を使いすぎると小学生以下の知能になる所か。
葉沼が編入早々に喧嘩を売ったが、葉沼のパーカーの下に隠された肉体美に見惚れてしまい、素直に敗北。それ以来、衛介共々仲良く付き合っている。暇さえあれば衛介とポージングの真似をして、有り余る筋肉を可愛がっている。暑苦しい連中であるのはいうまでもない。
「一木さん、足を下ろしなさい。みっともないですよ」
「しかも、ホルスタインまでいる始末か。くわばら、くわばら」
「な……! 破廉恥ですよ! 取り消しなさい!」
「うるせえな、でけえ乳ぶら下げて、なーにが風紀委員じゃ。てめえが風紀乱してるんだろ」
「そうだそうだ」
衛介も加担して、ここに「行動的な問題児VS官能的な問題児」の対立構造が浮かび上がる。
三人はそれぞれいがみ合ったが、流石に葉沼も見過ごすわけにいかず、
「喧嘩はやめて……」
と、仲裁を入れた。
「さっさか決めないと長引くから……」
「うるせえ!」
「これは男の問題なんだ!」
馬鹿二人は姦しい事この上ない。
「うるさいのはあんたたちでしょ!」
そこへ横槍を入れ、仲裁に入ったのは住吉千歳であった――それが和平的な交渉ならば、すぐさま会議に移る事が出来るが、話し合いで解決するような連中ではない。
怒った千歳は、立ち上がり、軽く飛び上がると、机の上に投げ出されている二人の足めがけて「弁慶の泣き所クラッシュ」を決めた。さすがの大男も、これには敵わず、二人ともども床に転がった。
「サンキュー、千歳」
「助かりました」
「まあ、いいって事よ。で、要件は?」
「えー、入会の是非。賛成か反対か、理由を含めてお願いします……じゃあ、まずは鶴喰から」
葉沼は隣りに座っている雪花の方を向いた。少しツンっとしている彼女の破壊力は凄まじく、さすがの葉沼も「うわ、殺人的な可愛さだな……」と口にしそうであった。ここで一目惚れをすれば雪花も苦労することはないのだが、「でも男嫌いだから下手に構うのは可哀想だ」と、そう簡単に落ちないのが葉沼クオリティである。
「はい、賛成で」
「……理由は?」
それはもちろん葉沼に振り向いてもらうため――というのが雪花の本音であるが、そうやすやすとは己を見せない彼女のことである。スンッとすました表情のまま、
「咲良井さんが会員の仕事もできないまま、身の回りの世話を押し付けられるのが可哀想だと思ったからです」
と、もっともらしい理屈を並べた。
「じゃ、賛成ね」
「はい」
葉沼にじっと見つめられて雪花は鼻血を噴き出しそうになったが、ぐっと留まった。
「じゃ、アッス」
「賛成! 賛成ー! 楽しいからー! 読み聞かせしてくれるしー!」
「あのね、アッスの読み聞かせ係じゃないんだよ……まあ、でも、イタズラしなくなるなら、いいのかなあ」
そういうと、賛成の項目に一を付け足した。
「じゃ、次は……桧取沢……さん」
「倶楽部の規約上、普通の成績の子を入れるのが引っかかりますが……まあ、雑用係として出入りさせるだけならば、いいと思います。そういうのも経験でしょうし」
歓奈は消極的賛成といったところだろうか。可もなく、不可もなくという対応である。
「賛成でいいです?」
「どうぞ」
「……賛成のようです。じゃ、ヘラ」
「まあ、いいんじゃないんですか。私はお嬢に従いますよ」
「別に反対してもいいんだけど……賛成、と。一木は?」
「柊ってのはどんな奴だ?」
「あー、快活で良い子だよ。そういうのはヘラに聞いて……」
葉沼は情報通のヘラに話を振る。ヘラは得意げにメモ帳を取り出すと、
「柊和穂ですか。父親は新聞記者。母親は主婦。親戚一同も公務員やサラリーマンで、破綻もない代わりに出世もない、まあ中流階級の出というべきでしょうネ。父親は取材のため、家を空ける事が多く、母親は少し病弱。得意科目は体育と日本史、本人は走ることを好んでいるようです。成績は五〇〇人中、二六九位ですから、中の中といったところですか。特技に特筆したものはありませんが、あげるとするならば、陸上ですかね。小学校から六年間陸上をやっていたようです。市大会で入賞したくらいの実績しかありませんが……」
と、相変わらずどこで仕入れてくるのか、対象の情報を、壊れた水道の如く、べらべらととめどなく喋りはじめる。
「なに、陸上だと?」
一木は「陸上」という言葉を聞いて、目を大きく見開き、ストップをかけた。
「ええ。陸上です。今でも陸上部に出入りしていて無理のないように鍛えているみたいですね。朝のジョギングも日課のようです」
「……なら賛成だ。体を鍛えている奴で悪い奴はいねえ」
一木は自信たっぷりに鼻を鳴らし、念を押すように「賛成!」と叫んだ。
「わかった、わかったから、大声出さなくても……それにその理屈は……まあ、悪い子じゃないから……いいのかなあ。住吉は?」
「あたし? 反対する理由がないから賛成」
「はい……えー、賛成七票入ったため、本案は首席投票無しで可決したいと……」
「待て待て待て待て待て待て待て待て!」
発表に横槍を入れたのは、千歳の隣りに座っていた衛介である。
「待て待て待て!」
「そんなに待てって言わなくてもわかるから。マテ茶でも宣伝するつもり?」
葉沼は急にざっくばらんな口調で衛介を窘めた。
「なんで俺に聞かないんだ!?」
「だってお前に聞いたって反対! っていうじゃん。理由もないのに……」
「べらぼうめ! 反抗して何が悪い! 人間の良心とは反対する事に! ある!」
「そういうのやめてくれ、頼む」
「なにを! 男は歯向かってなんぼ!」
「うるさいよ!」
怒号と共に、千歳は右足を振り上げ、高砂の急所めがけてギロチンドロップ――「金蹴り」を炸裂させた。
「ァァァァァァ……チーン」
〜住吉千歳には気をつけよう〜
衛介は顔面を茄子のように青くすると、泡を吹いてその場に倒れた。千歳はそこまで手を出す人間ではないが、一線を超えると得意の足技が炸裂する。
余談であるが千歳も雪花、歓奈程ではないが、異性に人気がある。一部の生徒は千歳に、蹴られたいと、踏まれたい、という危ない性的嗜好を持っていて、同盟を組んでいる。こちらは顔を真っ青にして、「ありがとうございます!」と叫ぶところから、「謝謝茄子」と呼ばれていたりする。
「ひぇ……」
葉沼と一木は思わず内股の姿勢になって、急所を隠した。流石の高砂衛介もこれには敵わない。
「ごめんねー。この馬鹿には後でキッチリお灸でも据えておくから」
千歳は何事もなかったかのように席に戻った。
「えー、一人負傷のため棄権……と。過半数超えたため、この案は可決されました。皆様、お手を拝借」
葉沼がポンっと手を叩くと、会員たちはヨイヨイヨイ、と三本締めを始めた。かくして柊和穂の倶楽部入会が承認された。
後日、作者はマヂキチ理事長に怒られました




