第十八話 ビミョーな距離感の二人
珍しく葉沼が弱音を吐きます。
「ごめん、待った?」
果たして葉沼は校門前の噴水の近くに佇み、夕陽に照らされて色とりどりに姿を変える水の変体を心ゆくままに楽しんでいた。
「……いや、大丈夫」
「話があるそうだけど、ここじゃ話しづらいし……どうしよう?」
「ん、じゃあ、この近くに公園があるから、そこに行こう。ベンチもあるし雑木林の中にあって、悪い雰囲気ではないよ」
「……こんな夕暮れに二人で大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。林を抜ければグラウンドがあるし……この界隈に近づくような変質者はそうそういないよ。来る前に、ね」
葉沼は小さな笑い声をあげた。
「じゃ、そこにしよう」
二人は仲良く他愛ない話を続けながら、雑木林の道を通り、目的の場所へと向かった。
「……ここなんだけど」
「へえ、落ち着いた場所だね。どうしてこんな所があるって知ったの?」
「俺はなんとなく、知った……って言ったら笑われるかなあ……アッスに聞いたら、ここは実験したり、演劇部が野外での練習するために使われるらしいけど」
「なるほどー、それでお話って?」
「実は……」
葉沼と和穂はいっせいのせ、でベンチに腰を下ろし、視線を合わせた。
「ぐぬぬぬ……」
そんな二人の姿を恨めしそうに見つめているのは、お馴染み雪花サマである。帰り際、葉沼を見かけたのでヘラに尾行するよう命じると、ここに行き着いた。木陰から、二人が仲睦まじそうに喋っている姿を凝視しては、ヤキモチを焼いて、愚痴愚痴と呪詛を唱えている。
「な、なんであんな仲良さそうにお話できるの……しかも、秘密のお話って、じ、実はあの二人はこ、こ、恋人……? ねえ、ヘラどう思う?!」
「どう思うって……あの子は奥手のようですし、葉沼とデキているわけじゃなさそうですが」
ヘラは至極面倒くさそうに、そう答えた。
「で、でも、葉沼首席があんな仲良さそうに喋っている異性は、ほとんど見たことない!」
相変わらずヘタレでポンコツな主人の態度に、流石のヘラも眉間に指を当て、やれやれと大きく首を振った。
「……だから早く告れって言ってるじゃないですか」
「う、うるさい! そ、それができたら、苦労しないもん……」
(この人は全く……)
ヘラは冷笑を込めたため息を、一つ吐いた。
「……それで話って?」
「話というか相談なんだけど。こういう事を言える異性は柊くらいしかいなくて……」
相談と異性、という二つのワードを耳にした雪花は今にも飛び出さんばかりであったが、ヘラの羽交い絞めでなんとか事なきを得た。
(絶対に首席と出来てる!)
(お、落ち着いてくださいよ! 今飛び出したら拗れるだけです!)
雑木林の中でドタバタすれば、木が揺れ、木の葉が擦れ合うのら当然の理である。ガサガサ、ガサガサ、とかしましい音が谺をする。
「?」
「どうしたの?」
「あ、ごめん。いや、視線を感じてね」
「野球部とかじゃない? それでどうしたの?」
「じ、実は……」
(い、今、雪花さんらしき影が見えたけど……気の所為よね?)
和穂は木の陰から雪花の顔が飛び出したのを見逃さなかった――が、それを葉沼に告げる事はなかった。
「鶴喰の事なんだけど……」
事なきを得たかと思った矢先の爆弾発言である。和穂は青ざめ、冷汗三斗。雪花は目を輝かせ飛び出さんばかり、ヘラはそれをかばうのに必死になった。
「つ、鶴喰さんがどうしたの?」
「ひ、柊は鶴喰の事をどう思う?」
和穂は頷きながら、チラッと木の陰を見つめた。ヘラに羽交い絞めにされた雪花が恐ろしい形相で睨みつけている。
「私はよくわからないけど、頭が良くて、美しくて……それでちょっと男嫌いの感があるけど、リーダー的存在だと思う」
そう言いながら再び木の陰へ視線を移す。飛び出す気配がないことに気がついて、ホッと胸を撫で下ろした。その後ろでヘラが踏ん張っていることまでは気が付かなかったようである。
「そうか……」
「それがどうしたの?」
「い、いや。あの、その……」
理論整然とした葉沼には珍しく、口ごもり気味の様子である。
「……そ、その、鶴喰が最近気になるんだ……この感情が一体何なのかはわからない。成績優秀者同士のライバルとしてなのか、友達としてなのか、倶楽部の仲間としてなのか……でも、彼女を見ていると、他の人とは違う感情が出てくるんだ。楽しい、というか、心地がいい、というか……」
和穂は、葉沼の意外な告白を前に、一瞬戸惑ったが、すぐに受け入れ態勢を取って見せた。
「最初は驚いた。入学式で、『貴方が首席だとは認めませんからね!』と噛み付いてきた。高砂に聞いたら、あれは『孤高の女王』だって。でも、不思議な事にそれ以来、何かあると絡んでくるようになった。最初はこれで勝負、あれで勝負、と勝負を強制するようなことばかりで、こんな学校来るんじゃなかった、と思ったりもしたけど……それがいつの頃からか嫌じゃなくなった。久々に張り合う相手ができて、とても嬉しく思った」
葉沼の孤独の中には、優秀すぎるがゆえに敬遠される、という複雑な事情があった。幼い頃から大人顔負けの学力と努力で補ってきた彼を、皆褒め、畏怖こそするが親しみを持って接しようという人はほとんど居なかった。当然勝負を挑もうという人もいなければ、噛み付くような人もいなかった。
「今ではそれが嬉しい。鶴喰とテストやら倶楽部で競い合ったり、話し合ったりする事が……で、でも、鶴喰は大変な男嫌いだと聞いた。ほとんどの男は無視、声をかけても冷酷非情に対応する。驚いたよ、俺の友人の高砂を犬呼ばわりだもの……それだからね、果たして俺ごときが近寄っていいのか、と……実は会員や仲間と錯覚した自惚れなんじゃないか、と思ったりして……」
葉沼はこれまで溜め込んできた弱音を吐き続ける。長い間、一人で孤独と向き合い、文武や多くの問題に一人立ち向かってきた葉沼も、初めて覚える感情には戸惑うより他はなかった。
この後、珍しく雪花サマがおとなしくなります!




