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第十七話『うさぎとかめ』

もしもしかめよ♪かめさんよ♪

 和穂は絶句。絵本なら読み聞かせをした経験があるのでなんとかなるが、暴走族の漫画の読み聞かせなどした事がない。他の委員も絶対にしたことがないはずである。

 大体、学校の本を守る図書委員に向かって、外部から勝手に持ってきた漫画本を読んで、という飛鳥も飛鳥であるが、「東海林さんだから仕方ない」という謎理論で許されてしまっている。風紀委員もなぜか注意をしてこない。

 勧奈は一度周りの制止を振り切って漫画を取り上げた事があったが、胸を揉まれてあえなく敗北。以来、誰も文句をつけるものは居なくなった。天才肌な所から、「漫画くらいは……」と、お目こぼしを受けている――というべきか。


「ウサギVSカメ……ちゃんと読めるかなぁ……」

「読んで、読んで!」

「……分かった。でも、ここで読むと他の人に迷惑だから、図書館準備室で読んであげる」

 

 そういうと、和穂は飛鳥を連れて図書館準備室に入った。準備室とは名ばかりで、中は休憩室となっており、司書と図書委員がダベる場所になっている。小さなソファが四つ、大小の机が二つ、本が置いてある棚が五つとパソコン――皆、先輩たちが寄贈をしていったものである。

 完全に風紀違反であるが、準備室という事で、なぜか風紀委員の間でも黙認されており、相当デカイ声や騒音を出さない限り、何をやっても特に注意されない事になっていた。なお、デカイ音を出しすぎると歓奈が飛んでくる。それだけならまだ理屈として判らない事もないが、某先輩がこの密室を利用してムラムラと惰性に任せた男と女のラブゲームをやろうとした所、「風紀違反です!」と飛んできたことがある。彼女は一体どんな手段で情報を察知しているのか、一種の畏怖を覚えていた。

 ドアを開け、部屋の中に置いてあるソファに座ると、飛鳥も和穂の膝の上にちょこんと乗ってきた。和穂は「おこちゃまみたい……」と思ったが、それを言うと本人が傷つくだろうと思い、特に注意する事もなく、黙認した。


「ウサギVSカメ……潮風とエンジンの爆音を耳にしながら、湘南海岸沿い国道134号線の闇の中を突っ走るのが、男の生き様というものだ……」


 和穂は「ウサギとカメ」というタイトルからほのぼの系を想像していたが、それがトンデモナイ勘違いであることに、今更気がついた。

 出だしっからぶっ飛ばしまくっている作風には思わず吹き出し、こんな馬鹿な話があるか、と呆れ果てたが、膝の上に乗っている飛鳥は目をランランと輝かせながら、「次は次は」と待ち望んでいる。


 その姿は、餌を待ち望む小燕のようであった。


 和穂は意を決して続きを読む事にした。どこまでも続く吉田聡調のイラスト。飛鳥はどんな顔してこの本を読んでいるのだろうか、とそちらばかりが気になって仕方なかった。


『もしもし、多亜盗たあとる! 何だそのポンコツ車は。ええ? ハチロク? ふん、まだそんな車にに乗っているのか?』

宇佐儀うさぎィ! 何を仰っているんだ? ええ? このハチロクの偉大な姿がわからねえってのかテメエには! 目ン玉腐ってんじゃねえのか! この西洋かぶれ野郎め!』

(走り屋「宇佐儀」の頭、卯左木月男は、最近台頭してきた走り屋一味、「多亜盗」のリーダー、亀田亀生の存在が気に食わなかった。自分たちを差し置いて多くの人の注目を浴びようとしている……卯左木は何としてでも亀田を排斥せねばと意気込んでいた)


『ふんっ、テメエのような貧乏人にはポルシェの味ってものがわかってねえようだな』

『わかってたまるかよ? あ?』

『……こう口喧嘩していても車が錆びるだけだ。俺らがやる事といえば……ただ一つだ、な?』

『分かってる。そのためにわざわざハチロクのバッテリーを変えてきたんだ』

『湘南の闇は……深えぜ?』

『ふん、それはこっちの台詞だ……』

『高麗山公園展望台の頂上駐車場に先に辿り着いたほうが勝ちだ。わかってるな?』

『……ああ。走り屋は走りが命だ。おい、そこのおめえ、スタートはお前がやれ』

(馬鹿め……俺のポルシェは特注品。とてつもないスピードとハンドルさばきが出来るのさ……それにこの勝負の前に、俺の舎弟共が妨害の計画を立てている……大口をたたけるのは今の内だぞ……)


 いつの間にか和穂は、完全なヤンキー口調で話を進め、物語の世界に没頭していた。

 飛鳥は和穂の膝の上で目を輝かせている。


「すみませーん、すみませーん」

「あ、カウンターかな……先輩いたはずだけど帰ったのかなぁ……」

 

 和穂は本をソファの端に置くと、飛鳥を膝の上からおろした。


「東海林さん、ちょっと待ってね」

「帰ってきたら続き読んで! 面白いから!」


 どうやら飛鳥のお気に召したようである。


「はい、はい、お待たせしました」


 和穂が準備室から出ると、先程まで鼻提灯を出して眠っていた先輩の姿はなく、カウンターの前に一人の生徒が待っていた。

 和穂は先輩の無責任さに呆れながら、カウンターに座り、本を受け取ると、顔を上げた。


「はい、貸出ですか……って、葉沼くんじゃない」

「おっ、柊」


 トレードマークというべきパーカー付きのジャージを脱いでいる為か、葉沼だと気が付かなかった。


「勉強?」

「まあ、そうだけど……それはさっさと片づけた。あれくらい訳ないね」


 珍しく葉沼は、自慢げにうそぶいてみたりする。


「でも、どうしたの、パーカー脱いじゃって」

「いや、深い理由はないんだけど……図書館くらいは脱がないと駄目かなあって」

 

 葉沼は照れ臭そうに笑った。


「ねえ、柊、この後時間ある?」


 本の貸出手続きをした後、葉沼はそんなことを尋ねてきた。

「あー、ちょっと東海林さんと約束あるけど、後二十分くらいで終わるし、そろそろ切り上げの時間だから……もう少し待っててくれれば」

「そう。じゃあ悪いけど、この後少し話に乗ってくれない?」


 葉沼と和穂は両人とも一般家庭出身で、家や金に頼らない叩き上げの生徒だけあってか、不思議と馬が合った。口数が少なく空気になりつつある葉沼も、和穂だけには対等に口が聞けるような気がする――と出会って間もないにも関わらず、信頼を寄せていた。

 二人の関係は「友達」に過ぎないのだが、最近和穂は変な視線を感じるようになった。その視線の主は雪花である事は明白なのだが、和穂は一体誰が自分をつけているのか、よく判っていなかった。


「いいよ。じゃあ、どうしようか?」

「そだな、定刻過ぎたら校門前の噴水で待ってるよ」

「わかった」


 そういうと葉沼は本を大事そうに抱えて、図書館の奥へと消えていった。

 葉沼と別れて部屋に戻った和穂は再び飛鳥を膝の上に乗せて最後まで本を読みきった。因みにウサギVSカメの結末は、ハチロクに乗った多亜盗が天才的なドリフト走行と破天荒なショートカット走法で姑息な宇佐儀を追い抜き、一躍走り屋として君臨する――という、もはやよく判らないオチであった。


「あー、楽しかった。本当に車に乗ってるみたいだったよ!」

 飛鳥はあたりをウロチョロしながら、「な、なにぃ! あ、あの速度でブレーキングからのターンインをき、決めただとぉ!」と、宇佐儀の台詞を口にしていた。


 そうこうしている内に、下校を知らせる鐘が鳴り響き、生徒たちも図書館を後にし始めた。


「あ、鐘が鳴った。東海林さんも帰りましょう」

「うん。そろそろお迎えも来るから、先に帰るね! また本読んでね!」


 そういうと、飛鳥はニコニコと手を振りながら、部屋から出ていった。和穂は手を振り返しながら、「ああいう子は頭を使いまくっているから、他の所で天真爛漫になったのかも」と、少し複雑な気分になった。


「……て、いけない! 私も約束があるじゃない」


 和穂はそそくさと荷物をまとめ、準備室を飛び出した。夕焼けが硝子戸を通して、静かに波を打っていた。

この後、問題の人が出てきます。相変わらずです。

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