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第十六話 春二番は突然に

柊和穂ちゃんのお話です。

 ある夜の事、柊和穂は小学一年生から使い慣れている勉強机の前に座り、日記をしたためていた。


「○月✕日 晴れ。七時半起床。いつものルートをジョギングがてら登校する……」


 柊和穂は八王萬学苑の生徒で、千歳や雪花と同じクラスである。学苑に入れるだけの頭はあるものの、ただそれだけで、これという特徴がある人ではなかった。強いて言えば笑顔がチャーミングで人から好かれる質――を挙げられるかもしれないが、それは本人の気質であって大きな売りではない。


 小学校時代には陸上をやっており、四〇〇m走などに挑戦をしたものであったが、彼女の同期が新鋭揃いだった事に加え、足の怪我もあり、大きな結果を残すことはできなかった。もっとも、それが無駄だったかというとそうでもなく、今でも陸上部に出入りしているし、ジョギング登校が日課になっていた。女子としてはスタミナに自信がある――と自負するほどである。


 和穂の父親は地方新聞の記者で、母親は主婦。親戚一同、公務員やサラリーマンといった、所謂中流階級の人ばかりで、良く言えば堅実的、悪く言えば平凡な家庭環境から、本人もまた「望みすぎず悲観しすぎず」という、高望みもしないが無駄に悲観もしない、努力は報われるとは限らないが報われることもある――というような現実主義的な考えを持つようになった。


 そこそこの成績と、相応の友達と、平穏な学園生活さえあれば、文句はない――それをポリシーにして、「河童懲罰倶楽部」にも「鶴喰雪花」の存在にも近づきすぎず、離れすぎず、憧れがないといえば嘘になるが、「あそこは天才の花園で我々には関係がないことだ」と、潔く諦めていた――筈であった。


「……授業もいつも通り。雪花さんは相変わらず先生の誤りを指摘する秀才ぶり。東海林さんは相変わらず天真爛漫に振舞っている。中等部時代から一切変わらないのも珍しいものである。おしゃべりが好きと見えて、相変わらず私や住吉さんなどに話しかけている。噂では桧取沢さんとも仲良くしているとか。あの鬼の風紀委員を手玉に取るとは恐ろしい。昼休み、些細なことがきっかけで、住吉さんと高砂くんが喧嘩を始め、住吉さんが容赦なく相手を蹴飛ばしていたのを見かけたが、あの二人は夫婦みたいである。放課後、いつものように図書委員の仕事をこなし、定時に帰宅する予定であったが……」


 そこまで書くと、和穂は大きく溜息を吐いて、今日の出来事を思い返し始めた。


「まさかあんな事になるとは……」


 口では愚痴のように言っているが、顔には正直に現れるものと見えて、こころなしかニヤついていた。


 それは今日の放課後の事である。和穂はいつものようにカウンターに座って、図書委員の仕事を勤めていた。シックで無駄のない様式でまとめられた図書館は、非常に広く、蔵書の数も揃った図書館であるが、なぜか利用者は少ない。そもそもみんな頭がいいから、図書館に詰めてまで本を読もうという気にはならないようだ。


 テスト前になると俄に利用者が増えるのだが、普段から風紀委員がたむろしている上に、学年問わず先生たちも出入りしているものだから、普段遣いには少し敷居の高い所があった。和穂はその静寂というか、侘びしさを好んでいた所があるのだが――


 今日は貸し借りしに来る人も少なくいつになく暇な時間が流れていた。隣に座っている先輩などは暇に任せて居眠りなどをしている。和穂も徒然に任せて好きな本をペラペラとめくっていた。


 しばらく本を読んでいたが、それも少し飽きてしまい、さりとて先輩を起こすわけにも行かず、ぼんやりしていると、ちょいちょいとカウンターを叩くものがあった。ふと顔を向けると、ぴょこぴょこアホ毛が踊っていた。


「あ、東海林さん、どうしたの?」


 その正体は、八王萬学苑の天使、東海林飛鳥であった。脇には本が抱えられている。


「かずちー、今日当番?」

「そうだよ。本を借りに来たの?」

「いや、読み聞かせしてほしいの!」

「わ、私に?」 


 和穂は突然の頼みに目を丸くした。中等部時代、何度か幼稚園訪問で読み聞かせをしたことがあるが、それは幼稚園対象であって、同級生に向けたものではない。しかも、そういう活動は会報に書かれた事はあっても、口外した事はなかった筈なのに――と、和穂は思った。


「かずちー、読み聞かせうまいらしいじゃん?」


「……どうしてそれを?」


「前に砂場で遊んだ子供たちが言っていた!」


 和穂は屈託も偽りもない飛鳥の純粋な立ち振舞を見て「こんな子でも学年三位なんだよねえ……」と、そのギャップにただただ感心するばかりであった。


「ま、まあ……読み聞かせはしたことあるよ」


「じゃあ、これ読んで! 一人で読んでたけど、なんかあんまり心に来なくて」


 そういって飛鳥が取り出したのは青年誌、タイトルには『うさぎVSカメ 地獄の湘南海岸線』という禍々しい字体と『荒くれ○nights』を模したような、リーゼント、ピアス、タトゥー、サングラス、なんでもありの強烈極まるヤンキーのイラストが書いてあった。

また、葉沼がジゴロになります(大嘘)

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