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第十五話 メール交換

部長っちへ


ういっすー!

朝から、完全にぽんぽんぺいんで、

つらみが深いので、

1日おふとんでスヤァしておきます

明日は行けたら行くマンです!

 その晩、雪花は至極ごきげんであった。


「首席直筆の連絡先……」

 手渡されたメモ帳を眺めながら、雪花は恍惚然としている。愛する葉沼から貰ったそれは信頼の形のようで、彼女の心を優しくくすぐるのであった。


「ねえ、ヘラ」

「……なんすか?」

「表具屋に連絡してくれないかしら? 一番いいのを頼みます」

「……お嬢。メモを額装してどうするつもりなんですか?」

「だ、だって……葉沼首席の直筆メモよ! こ、これを粗雑に扱えってわけ?!」


 ヘラは「この人年賀状とか来たら死ぬんじゃないかしら」と、喉まで出かかったがぐっと堪え、「まあ、そりゃそうですが……額装する必要まではないですよ。逆に葉沼からドン引きされると思います」。


 たかだか電話番号とメールアドレスが書いてあるメモ帳が額装され、部屋の中に置いてあったらさぞ不気味な事であろう。何があったんだ、と言われてもおかしくはない。


「……それより、お嬢。葉沼に送るメール書けたんですか?」

「! え、ええ……」

「ちょっと見せてくださいよ」


 そういうと、ヘラは雪花の手からスマートフォンをぶんどってみせた。


「あ、コラ……」

「お嬢は旦那様やお歴々以外の男にメールを送ったことがないですからね。心配です、なになに……」

 

 前略

 時下益々御清栄の事をお慶び申上候。

 此度は連絡先を御恵贈戴き感謝感激、御心遣恐悦至極の次第にて候。今後共何卒ご贔屓の程一重によろしくお願い申上奉り候。

 取り急ぎ御礼のみ。乱文御容赦の程。

草々


「………ど、どうかしら? こ、これで大丈夫かなあって」


 そこに書かれていたのは、ガチガチの候文であった。


「……お嬢、アホですか?」

「……え、え? な、なんで……?」

「アホでしょ、ねえ、こんなメール!! 高校生が見たらどう思いますか!? 敵討にでも行く気ですか!!」

「で、でも、お父様から手紙は礼儀正しくしろ、って……」

「それは目上の人だからでしょう! 葉沼は同級ですよ! こんな堅苦しい文面送りつけてご覧なさい!」


『あ、鶴喰からのメールだ……ってなにこれ? 鶴喰……こんなメール送るの? 堅苦しすぎでしょ……これじゃこっちまでプレッシャーだ。下手に送ったら怒られそう……メール交換したけど放置しておこ……』


「……って、なりますよ?」

「イヤァァァァァ! ね、ねえ、ヘラ、ど、どうにかならないの?」


(まあー、葉沼は優しいから『鶴喰はまだメールに慣れてない』で、済ませるだろうけど。しっかし、慌てるお嬢は可愛いな……。本当に写真に撮っておきたいくらい……でも、これでまた拗らせると本気でしばかれるから、一応真面目に対応しておこう……?) 


 雪花に泣きつかれたヘラは思わずニヤニヤしてしまった。


「ま、まあ送る前に気づけてよかったです。こういうメールは、少し崩すのにコツがいるんですよ。私が教えるのは簡単ですが、参考のために他の人のメールを見たらどうですか?」

「他の人……」

「お嬢だって女友達や腐れ縁は何人かいるじゃないですか。その人たちの文体を模倣すればいいんですよ」

「最近送られてきたのは……響子、ね。でも、こんな感じの文章で本当にいいの?」

「どれどれ?」


 今日は卜部先生に掃除させるので早めに倶楽部に行ってます。一緒に行けないけど、よろしくね。 響子


「こんなにフレンドリーでいいのかしら? 響子ちゃんと私は幼馴染だから、こんな関係だけど……そんなのを首席に送ったら……」

「いや、親友じゃなくてもこれくらい普通ですよ……他の人だってそうでしょう?」


 雪花へ。衛介のバカがズボンを破ったため、今日は倶楽部休みます。また明日。


 今度の倶楽部は風紀委員の仕事のため伺えません。申し訳ありません。


「桧取沢さんは敬語……」

「ま、まあ、歓奈氏はああいう性格だから、こうなってますが、みんな前略とか書いてないでしょう? こんなもんなんですよ」


 セッちゃんへ。

 うぃっすー! 今日はダルダルっちなのでぷもも園に帰って無限に練りを決めて優勝しまつ〜ぽやしみ〜 飛鳥


「……これは見なかったことに」

「う、うん」

「と、とりあえず、これくらい軽い気持ちで送ったほうがいいんですよ。私達はどれだけ胸を張ってもまだ子供なんですから」

「……そんなものなのかしら?」

「そうですよ。ほら書き直してください」


 普通の人ならここで三分もあれば書き直せるであろうが、メールに不慣れな雪花の事である。書き上げるまでに二十分もかかった。ヘラが頭を抱えたのはいうまでもない。


「こ、こんな感じでどうかしら?」

「どれどれ? うん……いいんじゃないんですか?」

「ほ、本当?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「本当に本当?」

「ダァー!!! 早く!! 送りなさい!!」


 そういうとヘラは半ば強引にスマートフォンをひったくると、送信ボタンを押した。


 そのメールは海を越え、山を越え、世界を一周して、葉沼のスマートフォンへと届く。

 葉沼は自習を終え、珈琲でも作ろうかと立ち上がろうとした瞬間、スマートフォンがメールの到着を告げた。 


「ん? 着信……いや、メールだ。誰だろ?」


 葉沼はメールアプリを起動させると、「鶴喰雪花」と書かれた一通のメールが届いていた。


「鶴喰か……ちゃんとメールをしてくれて感心だな」


 首席へ。初めてのメールです。ちゃんと届いてますか? また明日学校で会いましょう。おやすみなさい。


 それは少し不器用であったが、確かに送り手の存在のあるメールであった。葉沼は微笑みを浮かべると、「いや、鶴喰らしいな……」などと呟きながら、お気に入り登録のボタンを押した。


「……まだかしら」

「お嬢、チケット抽選を確認するオタクじゃないんですから……そんな張り詰めてみなくたって……」


 雪花はメールを送ってからというもの、この調子であった。


「あ、来た!」


 雪花は心を躍らせながら、メールを確認する。


「なんて書いてありました?」

「…………」


 鶴喰へ。メールありがとう。少しずつ男嫌いを克服できているようで安心しています。頼れることがあったら頼ってください。また明日。


「…………へ、へ、ヘラ?」

「はあ」

「一番いいコピー機を頼むわ」

「まさか、この文面をコピーしろって言うんですか?」

「そ、そうよ。記念すべきメールですもの……」

「さ、さいざんすか……」


 ヘラは雪花と葉沼が付き合い始めたら、メールやラブレターのすべてをデータ化するのではないだろうか――と来る可能性のある未来を想像し、思わず目を瞑ってしまった。

次回、大物ゲストの登場です(?!)

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