第十四話 昇天
卜部先生の私物はオークションに出されたそうです。
「……葉沼くん。この間は首席の玉座があんな風でごめんね。きちんとキレイにしておいたから」
葉沼はバックを置き、部屋の中央を見つめると、確かにそこには豪華絢爛でかつ荘厳な玉座と机が君臨していた。
「うう……わしの大切な宝物が……」
部屋の隅でメソメソと塩を吐いている先生がいたが、葉沼は見て見ぬ振りをした。
「おお……これが首席の玉座。こう見てみると、なかなか立派なものだね……」
「さあ、首席。お座りください!」
響子は仰々しい口調でそういうと、雪花をそっと手招きし、椅子を引くように耳打ちをした。
(わ、私が……!?)
(それくらいやった方が印象的よ!)
雪花は顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと玉座を引き、葉沼に座るよう手でサインを作った。
「なに、自分で座れるのに……でも、ありがと、鶴喰。歓迎してくれるのかい?」
葉沼は小さく微笑むと、未だに古びた所を一点も見せない玉座に腰を下ろし、その温もりをしばし味わう事にした。
(しゅ、首席が!)
雪花はお礼を耳にして思わず昏倒しそうになった。嬉しさと恥ずかしさのあまり響子にすがりつく。
(お、落ち着いて。連絡先聞くんでしょ?)
響子は雪花をそっと抱きしめながら、慌てない慌てないと案じるように呟いた。
(今なら首席の機嫌が良いから、聞くなら今よ?)
(え、でもでも……)
こういう時、尻込みしたがるのが雪花の悪いクセである。男嫌いで軽蔑する一方で、いざという時に羞恥心が出てしまい、普段の自信たっぷりの態度が出てこなくなってしまう。
(ほら、頑張って!)
響子はぐいっと腕を伸ばすと、雪花の肩を押してあげた。二、三歩前によろめくと、葉沼のすぐ隣に出た。
「ん? 鶴喰、どうした?」
葉沼はご満悦――と言わんばかりの表情で、辺りを見渡している。綺麗にした首席の玉座が気に入ったようである。
「しゅ、首席!」
雪花はスマートフォンを取り出し、「連絡先を教えて下さい!」と意気込んで尋ねる――つもりであったが、そううまく行く彼女ではない。
用件を口にしようと、顔を見上げ、眼と眼を合わせた瞬間、雪花は硬直した。フードを抜いた葉沼は、いつもと異なり、ヘアピンで髪の毛を留めておでこを出していた。
(……!)
実は今から三十分前、歓奈に絡まれ、「似合いそうだからヘアピンで留めてください」。別に彼女の言う事など下手に聞く必要などないのだが、そこは真面目な葉沼のこと、歓奈の前でヘアピンをしてみせ、おでこを出した。
頼んできた本人は「風紀的によろしいですよ!」と、謎の批評を一言口にしただけであったがーー
「あ、あ……」
先程のお礼から、このヘアピン葉沼の襲撃である、普段から葉沼が好きすぎてたまらない人間が、これだけの情報量を目の当たりにしたらどうなるか。
言わずがな、オーバーヒートである。
(おかわわわわ……!!!!)
雪花は心の中で、何度もかわいいという言葉を言おうとしたが、感情が先行するばかりで「か・わ・い・い」の四文字がなかなか完成をしなかった。
「つ、鶴喰?」
突然暴走を始めた雪花を前に、さすがの葉沼も驚いたようで、心配そうに声をかける。
「首席ぃ……あの……その……おかわ……いや、その……あの……私と……いや……れ、連絡先を……」
頭脳明晰で大人からも畏怖される普段の彼女は何処やら、完全に語彙力の消失した恋する乙女へと変じていた。
いつになったら話を切り出す事が出来るのやらーーそれを危惧した響子は、
(これは流石に手伝ってあげましょう……)
と心の中で決心すると、雪花の隣にピタリとついて、彼女の手を握った。
(ほら、暴れない。暴れない。落ち着いて……)
と、優しく宥めた。そして、葉沼の前に出る。
「葉沼くん」
「ん? どうした……?」
「雪花ちゃんは、首席の連絡先が知りたいんですよ。ほら、首席と次席同士じゃないですか。やっぱり知っていたほうがいいでしょう?」
「れ、れ、れ、連絡先を……」
「ほら、あの通りです」
「俺の……? 別にいいけど、鶴喰は大丈夫なの?」
「男嫌いを克服するとはいえ、まだ慣れてませんから……大目に見てやってください」
「そうか。前向きになったんだなあ。別に俺の連絡先くらいいいよ。鶴喰なら信頼おけるし。なんせ次席だもの。首席と次席が繋がっていなきゃ、色々不便も出てくるだろうしねえ……」
そういうと、葉沼はメモ帳を取り出し、サラサラと連絡先を書いて見せた。
「まあ、これから先信頼関係を築いていかなきゃだしね……うん、これでいいかな?」
(わ、私が信頼されている?! じ、次席と首席がつながりたい?!)
葉沼の何気ない一言は、爆発寸前の雪花の心に王手をかけた。
(ああ、幸せ……)
どこからともなくチャペルの音が聞こえてくる。その音を聞きながら雪花は静かに目をつぶった。
「雪花ちゃん、よかったね。連絡先をもらったよ……って、雪花ちゃん?!」
響子がメモを手渡そうと雪花の方に振り返ると、そこには立ったママ気絶している孤高の女王の姿があった。その顔は一点の悔いもない――と言わんばかりの喜びに満ちた表情であった。
この後、ヘラによって運び出され、車の中で蘇生するまで三十分以上時間がかかった。
メモを無事に手に入れた雪花!!!!




