第十三話 カオス
鶴喰さん家の雪花ちゃん~このごろ少しへんよ~
「ねえ、響子ちゃん」
「……どうしたの?」
「鶴喰! お慈悲〜!」
「あと少しなんだから頑張ってください! 貴方は東海林さんに負けるつもりですか……で、なぁに。雪花ちゃん」
「きょ、響子ちゃんは葉沼首席の連絡先知っているの?」
「知っているよ。クラス一緒だし、便宜上どうしてもね……」
「そう……」
雪花はうつむき、溜息を吐いた。
「私は知らない……どうしよう……」
「何意地張らなくてもいいのに……私が教えてあげようか? 後で事情は話してあげるから」
「で、でも、いきなり送ったら迷惑じゃない……? そ、それに、そんな無味乾燥なやり方で、下手に送って、わ、私嫌われるの嫌……」
ショボンとしている雪花のリアクションを目の当たりにした響子は辺り構わず抱きつきたくなったが、背後で砂糖の山が築かれるような気配がして、ふと我に返った。
「そういう事なら、あなたから聞くべきだろうけど……絶対に暴走しちゃ駄目よ。私も手伝ってあげるから……」
「……うん」
「葉沼くんは優しいから教えてくれるわよ。他の人にもどうやって知ったか聞いてみたら?」
「……うん」
響子は雪花の頭を軽く撫でると、「応援してるよ」と囁いた。信頼する親友の一言で孤高の女王様がどれだけ励まされた事だろうか。それだけいうと響子は再び竹刀を持って卜部先生を扱き始めた。
卜部先生は「お慈悲〜お慈悲〜」と嘆いている。
「住吉さん」
「ん? なに?」
少しだけ自信をつけた雪花は身近な友人である千歳に問い尋ねる事にした。響子ほどの間柄ではないが、中等部時代からの縁である。
「住吉さんは葉沼首席の連絡先を知っているそうで……」
「うん。あたしは中等部の頃、一度だけ衛介の斡旋で葉沼に会っているからね。そのときに教えてもらったのさ」
すると、千歳は目を細め柔和な表情を浮かべた。それはまさに慈母という趣のある笑顔であった。
「でも、あんたも変わったねえ……偉いよ……。あれだけ男嫌いだった雪花が……」
絶望的な男嫌いだった頃の雪花を千歳はよく知っていた。その頃と比べると自分から男の連絡先を聞こうと志すようになった彼女の成長は幾許なるものぞ。余所事ながらも、千歳は思わず我が事のように喜んだ。
「それに引き換えうちのバカと来たら……」
そして、後ろのソファで飛鳥とポ○モンをしている衛介の姿を見る。
「はぁぁぁぁ???? 今の当たっただろ何外してんだ! ええ? 雑魚は鍋の出汁にして食っちまうぞ!」
「えいすけ〜! なにしてんの!」
「うるせ! アッスこの野郎。俺が悪いんじゃねえ。相手が悪いんだ! 命中率90とか詐欺だよ、詐欺!」
どうやら通信対戦をしていて、トドメの一撃が当たらなかった事に本気で怒っているようである。飛鳥はともかくも(勉強できるから)、昼も夜も馬鹿三昧の高砂衛介の態度は中学時代からまるで変わっていなかった。
「……うちのツレ。ずっとああだから……。そのくせ、葉沼と無二の親友なんだから訳がわからない話だね」
「……心中お察し致します」
「あら? 不純異性交遊のお話をしてますか?」
「げ……アンタは」
二人の前に現れたのは歩くセックス・シンボル――もとい桧取沢歓奈である。
「なんか、交際がどうのって話をしていましたから」
「アンタねえ……何でもかんでも結びつけて顔を突っ込むのよした方がいいよ。本当に。あたしたちそんな話ししてない。ただ、葉沼の連絡先を知りたいってだけだよ」
「……鶴喰さん! 貴方はそうやってあの男を手篭めにしようと!」
一割くらいはその意味も含まれているが、残念ながら今の雪花にはそんな行動に出られるだけの度胸と関係はない。
「うぅ……」
「やめろ!! 雪花が困ってるでしょ。どうしたらそんな妄想が出てくるん? あんたの頭のほうがよほど風紀取締対象だよ全く! そうじゃないよ。葉沼と雪花は首席と次席でしょ? この先連絡取ることもあるだろうから、って。葉沼は編入生で、この倶楽部に出入りして来なかったから、さ」
「何だそんなことですか……。おどかさないでください」
「さっきからそう言ってるでしょ! あんたが勝手に妄想してるだけじゃん!」
千歳は「想像力が乳と下半身に行っているのか」と小声で悪態をついた。
「あの……桧取沢さんは、葉沼首席の連絡先ご存知なんですか?」
「私ですか? 勿論です。東海林さんから聞きました」
「……ああ、そうですか」
そういうと、雪花は大きなため息をついて千歳の隣に座った。
「な、なんですか、その反応は!」
「いや、まあ、なんか解決しそうなんでいいかと思いまして」
「またそんなこと言って! 貴方たち本当は裏でなにか企んでるでしょ!」
「企んでる暇あったら、こんな所来ないし……」
千歳と歓奈は口論を始め、衛介と飛鳥はゲームに夢中、教室の隅では響子が卜部先生を扱いている。
カオスとしかいえない状況の中で、ギギっと扉が開く音がしたかと思うと、黒のパーカーをまとった葉沼がそっと部屋の中に入ってきた。
「あ、あれ……? お取り込み中?」
葉沼は気まずそうに扉を締めようとしたので、響子が「別に大丈夫よ!」と、半ば強引に中へ引き込んだ。
こんなクラブに出入りする葉沼の胃袋のすごさよ。




