第十二話 響子流剣法
卜部先生は新たな技を開発したようです。
珍しく躍起になっている響子の姿を見て、雪花は思わず微笑んでしまった。こんな彼女の姿を見たのはいつぶりだろうか。
普段はお淑やかな響子であるが、決して軟弱なお嬢様というわけではない。茶道の師範である祖母と剣道柔道の段位者である祖父に厳しく育てられただけあってか、本気で怒らせると学苑でも一、二位を争う程恐ろしい存在である。
そんな彼女を怒らせてしまったのだから何か相当の事情があるのだろう、と雪花は察したが特に触れることはなかった。
「ごきげんよう。響子ちゃん」
「あ、雪花ちゃん。ごめんね。今掃除中で……」
「首席の玉座……。あれ、葉沼首席はまだ一度もここに来てないの?」
「いや、来たの。雪花ちゃんが急用で来なかった時に。そしたらあまりの汚さに絶句してパイプ椅子に座るはめになって……」
(…………葉沼首席のいけず)
雪花は葉沼の初参加の場に居合わせることができなかった事を知り、プゥっと頬を膨らませた。
「……首席は?」
「なんか用事があって少し遅れるそうよ。ちゃんと来る、とは言っていたけど」
そういうと、響子はスマートフォンを取り出しメールを確認し始めた。
「ああ、理事長に呼び出されたんだった。大変ね」
「……ねえ、響子ちゃん」
「ん?」
「響子ちゃん、葉沼首席のメールアドレス知っているの?」
雪花は、葉沼と響子が裏でつながっていることを知り、愕然とした。
「そ、それはまあ……葉沼くんとは一応倶楽部の仲間だし……」
「…………」
「もしかして雪花ちゃん……首席のメールアドレスを知らない……とか?」
図星である。雪花は恥ずかしさと悔しさから顔を真っ赤にしてみたものの、親友響子の前では嘘もつけず、コクンと小さく頷いた。
「教えてあげようか……?」
ここで、「教えて!」と言えれば、雪花は恋路ので悩み、苦悶するような取越苦労をする由もない。よせばいいのに、意地を張って、
「だ、大丈夫……! 自分でなんとかする……」
と、言ってしまった。言った後に後悔をするわけであるが、「鶴喰の者ならば二言はない」という親教えが仇となり、今更正直になるわけにもいかなかった。
「そ、そう。頑張ってね。私も応援するから……」
響子は親友の身を案じて、そっと耳打ちをした。
「なんじゃ、鶴喰。お主は葉沼の連絡先を知らんのか?」
不――ーこれまでの会話はすべて卜部先生に筒抜けだった、と雪花は後悔をした。周りにはよく聞こえない程度の小声で話していたにも関わらず、すべて聞き分けるところが、卜部先生の地獄耳まる由縁である。
「卜部先生、片付け!」
響子は竹刀を構え、注意を促す。玉座の周りにはまだ使いまわしのサラシや謎の古文書が散乱している。
「ま、ま、休憩じゃよ。本当か、それ?」
「……はい。恥ずかしながら」
「珍しいのう。この中で葉沼のメールを知らない奴は他におるのか。のう、皆の衆! 知っている者は手を挙げィ!」
卜部先生がそういうと、一斉に手が上がった。逆に雪花の手だけが挙がらないーーそんな状況であった。雪花に対して屈折した感情を抱く卜部先生はケラケラ笑いながら、
「ほれ、見ぃ。お主はこれだけ遅れてんのじゃ。ふふ……」
と、おちょくってみせる。口から砂糖を吐かないところを見ると、誠心誠意相手をおちょくってやろうと思っているようである。
「今から手がけないと好きな人に……」
雪花の本心に踏み込もうとした刹那、卜部先生の顔前に竹刀の一線が、迸った。
「休憩終わり! 掃除してください!」
「え、でも」
「そ・う・じ? してくださいね?」
響子は竹刀を下段に構えながら、卜部先生の前に立った。動いたら切られる――とばかりの構えでありながら、ニコニコ笑顔である所が実にシュールであり、また恐怖であった。
「……はい」
卜部先生は口からニガリを吐き出しながら、掃除の続きを始めた。
(そうか……みんな知っているの……)
雪花は自分だけ取り残されてしまったようで、言いようもない孤独感を覚えた。あれもこれも自分の不器用さ故、であるが、それを自覚すればするほど、葉沼が遠ざかっていくような気がして、耐えられない気持ちになった。
(あー、お嬢は多分メランコリーになっているな。このまま傍観していも面白いけど、たまには助け舟を出してあげよ……)
隣りで雪花の挙動を見ていたヘラは、雪花の肩を叩くと、
「お嬢。ここは意を決して聞くんですよ。どうやって葉沼と番号を交換したか、を」
と、アドバイスをしてみせる。
「で、でも……それじゃ自力本願で……」
「また……そりゃ最終的にはお嬢が本人に聞くべきですが、今は葉沼もおりませんし、データ収集の一環としてやられたらどうですか?」
「そうね……それも一理あるわ」
主人をいじる為ならば、用意周到なアドバイスを怠らないのがヘラの強みであり、性格である。表面上は良き従者であり、相談相手に見せることによって、主人イジりのリスクを軽減していた。
「まず、響子ちゃん辺りに聞いてみる」
「そうしてください」
そう言うと雪花は、相変わらず竹刀を持って卜部先生を扱いている響子の側へと近づいた。
響子ちゃんは一番怖いです




