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第十話 メランコリックな朝

少しでも近づこうと奮闘します。

「はぁ…………」


 告白の玉砕から数日後。雪花サマは浮かない顔をしていた。


「……お嬢。いつまで気落ちなさるんですか」


 従者のヘラは主人の髪を梳かしながら、呆れたような口ぶりでそんなことを言う。


「もう! ヘラは乙女心がわからないの? わ、私にとってはじめての……プロポーズだったのに……」


『仲間としてよろしくね! 鶴喰!』


 頭の中をこだまする、葉沼の返答。男嫌いで通してきた雪花はあの答えが失恋した、と思いこんでいた。


「……だから考えすぎですって。むしろお嬢の目論見通りに倶楽部に入ってくれたんだからいいんじゃないんですか?」

「だっ、だって……葉沼首席は私のことを仲間だって……女って見てくれないの……」


 手鏡を伏せると、雪花はグスグスと泣き始める。ここ数日こんなメラコン・リーな有様が続いており、流石のヘラもお手上げであった。


(そりゃあれだけ男嫌いの風潮がたてば、流石の葉沼だって嫌がるだろうに……)

「男嫌いだったツケが今くるの? ねえ、私は恋をしちゃ駄目なの?」

「あー、もう、お嬢は恋愛漫画の読み過ぎなんです。いいですか、現実はあんなに上手く行かないものですよ。そのうまく行かない夢のようなものがあるから、漫画なのであって、恋愛漫画がリアリズムに徹するようになったら、血生臭くて見てられませんよ」


 ヘラは雪花の髪をポニーテールに結い上げると、「八つ当たりされる身にもなってくださいよ」と、零した。


「お嬢、恋愛っていうのは株式とかと同じで最初っから一か八かでやったら負けますよ。そりゃ。でも、醍醐味はそうじゃありません。相手の機微や呼吸を読みながら、少しずつ投資をしていって、恋愛という対価を得る――といえばわかりますかね」


 この説明も三度目であるが、ヘラは飽きることなく同じことを言い続ける。


「そ、そうだけど……」

「なら、お嬢の腕を見せてくださいよ。」

「でも、初期投資に断られたから葉沼首席は……」


 毎回同じ答えが返ってくるのにはヘラも閉口し、それならいっそ、と言わんばかりに仕切り直し、あえてカマをかけてみる事にした。こういう時、イキイキとした目になり、必要以上の知恵が回るようになるのは、彼女の悪い癖である。


「あー、もう、判りましたよ。お嬢はそんな腰抜けだったんですね。いや、残念でしたねえ。応援しようかと思いましたが、いくら主人とはいえ、そんな弱腰では……東海林さんに協力した方がいいのかなあ?」

「……!」


 雪花は涙を拭うとキッと険しい顔を浮かべた。葉沼を他人に取られる――という計算と未来は、雪花の予想の中に入っていない。

(お、かかったかかった。相変わらず感情の忙しい人だ)


 ヘラは心の中で、得意げな笑みを浮かべてみせる。


「へ、ヘラ、もういっぺん言ってみて?」

「ええ。お嬢がそんな弱気なら、恋をする資格はないってことです。葉沼首席は東海林さん辺りとくっつけようかなあって」


 恋する葉沼を愚弄された――と思い込んだ雪花は烈火のごとくに怒った。


「じょ、冗談言わないで! だ、誰が恋愛する資格がないですって!」


 これまで機械的な付き合いばかりを維持してきた雪花が他人のために怒ったのはいつぶりであろうか――ヘラは雪花の小言には一切耳を傾けず、「お嬢がこんなに他人のために怒ったのは……あれは確か響子さんがいじめられた時だったか……」と、中等部時代、雪花が親友響子の為に怖い先輩たちに臆する事なく、抗議をしてみせた姿を思い出していた。

「……ヘラ、聞いてるの!」


 ヘラはプッと噴き出すと、「お嬢。すみません。試すようなことをしまして」と、頭を下げた。


「……え?」

「でも、お嬢、その意気ですよ。その心意気がなきゃ恋なんかやっちゃいられません。相手を征服してみせる。相手に惚れさせてみせる。それくらいの気負いがなきゃ、女だって振り向きませんよ」

「ヘラ……やっぱり貴方は……頼りになるわね……」


 葉沼に惚れて以来、雪花はこれまでの『孤高の女王』の雰囲気が薄れ始め、年相応の感情を持ち始めるようになっていた。


「でも、心意気があっても行動に移せなきゃだめですよ?」

「うっ……。ああ、そうね、そうよね……ど、どうしましょ……下手にやって嫌われたりしたら……」


 ただ、その感情を未だにうまくコントロールできないと見えて、コロコロと感情が変わる弊害が残っていた。葉沼を見ると暴走してしまうのは、その一例といえよう。

(あー、今日もお嬢は可愛い。やっぱり表情を手玉に取るのは面白いナ……)


 更にいうとヘラのイビリ癖、主人を手玉に取って弄ぶクセがその弊害を助長させていた。ヘラナナミ、見た目こそ立派な従者であるが、腹の中はなかなかドス黒い、小悪魔のような少女である。


「ね、ねえ、どうしたらいいの?」

「そりゃ、ま、無理もありません。お嬢のこれまでを顧みて、男を手玉に取って、手管の程をご覧に入れる、なんて無理な話ですよ。でも、逆に言えば、今からいくらでも覚えようはあるということです」


 ヘラは雪花から得られる活力を十分に得て、満足したのであろう――急に真面目な顔になって、雪花に手ほどきをして見せる。

「まあ、やるべき事は沢山ありますが……まずやるべきは、葉沼の電話番号とメールを聞くことですね」

「え、電話とメール?」

「お嬢だって、スマホ持っているじゃないですか」

「で、でも、こ、これはあまり使わないから……」


 雪花は最新式のスマホ(数十万する奴)を所持している。自称スマホ初心者であるが、いくつものクラウドを使いこなし、脱獄を試みた所などを見ると絶対に嘘である。


「あ、ごめん。メール。何々……響子から。返信……に、スタンプを送ってあげましょうか」


(バリバリ使いこなしてるじゃん……!)


 ヘラは、北斗神拳に劣らぬツッコミを入れようとしたが、うぶな顔をしている主人を見るとそういうわけにもいかないーーとため息をつくばかりであった。


(前途は……多難、かな……)

果たしてケータイ番号を聞き出せるのか?

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