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第一話 おかしな午後

雪花ちゃんが本当に恋をします。恋する乙女は・す・て・き♡

 ある春の出来事である。


 いつものように従者のヘラ・ナナミを連れて、何気なしに中庭で一休みしていた鶴喰雪花は、フェンスの向こう側で同じくぼんやりしている不思議な男の姿を見かけた。


 その男は古ぼけたベンチに座り、コッペパンをチミチミつまみながら、雀や鳩にパンくずをあげている。


 校章のバッジに学ランを身に着けている所を見ると雪花達が通う八王萬学苑の生徒であるようだが、その学ランの上に地味なフードパーカーを羽織っており、他の生徒たちとはどこか違う、冷然たる雰囲気を纏っていた。


「あの男は?」


 雪花は自分の一歩後ろでトマトジュースをガブ飲みしているヘラに、そう尋ねた。


「あー、あの男ですか。あの男は……ああ、あれですよ。先日の編入で入ってきた葉沼吉暉という男だと思います。ほら、岡山の片田舎からコッチに来たという曰く付きの……」


 そう言うとヘラは持ち前の収集力と情報量を生かした分析をペラペラと話し始めた。彼女の説明を掻い摘むと以下の通りである。


 この中高一貫校の八王萬学苑では非常に珍しい編入生で、入学テストは創立以来のトップクラスの成績を叩き出し、高校開始と同時に行われた学力と体力テスト――通称『洗礼』でも第一位を叩き出し、暫定首席に選出された男である。この八王萬学苑に編入するのは弁護士試験に合格するよりも難しいと評判で、99.9%の生徒は中等部合格を掴み取るために無間地獄旅行並みの苦行と競争率を突破しなければならない。その高い壁を難なく突破したにも関わらず、学校が認めた成績優秀者のみが入れる『河童懲罰倶楽部』にも近寄らず、同学年の生徒たちともほとんど話をしない。先生に媚びることも、対立することもなく、まるで空気のように振る舞っている。クセのある先生たちも、葉沼の態度には「全く無欲なやつだ」と驚き、呆れているという――


 雪花は「またはじまった」と、おしゃべりな従者の話を話半分に聞いていたが、そう言われるとなるほどその男の名前に聞き覚えがあった。中等部時代、常に首席を独走し、「開校以来の天才」と呼ばれた自分を差し置いて、突如首席の座に座ったこの男の存在が気に食わなかった。

 彼女が普通の女子高生であったならば、それは単なる嫉妬で片付けられたに違いない。しかし、鶴喰雪花はそんじょそこらの女子高生とは違う、訳有の人物である。

 

 開校以来の秀才にして、なんでも数回見聞すればその技術を会得してしまう万能の天才ーー彼女は日本はおろか世界屈指の名門とされる「鶴喰グループ」の一人娘。これだけでもチート的な存在であるのに、母親譲りの美貌と立ち振舞は同性異性を問わず、多くの人を惑わせる始末である。


 この世にもし神が存在するならば、「天賦の才能」とは彼女のような事を指すのであろう。その人気容姿実力ともに神に最も近い少女と言っても過言ではない。些かのロリ体型である事と徹底的な男嫌いを除けば――


 雪花は、葉沼の存在を認識して以来、猛烈な嫉妬と策略を練り始めるようになった。相手が同性であったならば、ここまでの闘争心を煽る事もなかっただろう。葉沼が自分より優れた異性だという事が気に食わなかった。雪花の男嫌いは見事なもので、その本性を知らずに告白をして撃沈した男の数は砂浜の砂を数えるよりも多い。


 自分より目上だと思って口を利くのは、父親と祖父、学校関係者の少数のみで、それ以外は殆どがガン無視。わずかに気に留められ、口を利いてもらったとしても、獣畜生扱いされるのが関の山である。

 この扱いを受けてまともに対応できている人間は、今の所、高砂衛介しかいない。その大半は彼女の美貌と立ち振舞に負けて、本当の畜生に成り下がってしまうのであった。


 当初は様々な手段を用いて、妨害を試みよう――かと思わないこともなかったが、「邪魔なものはなぎ倒し、正々堂々たる道を築け」と幼い頃から仕込まれた彼女のこと、姑息な手段はプライドが許さなかった。

 その結果生まれたのが「正々堂々と立ち向かいながら、葉沼吉暉を自分の下におさめてみせる」という、面倒くさい結論である。その上、男嫌いと来ているから、南京錠の穴の中にボンドを詰め込むような厄介さである。


 当初は猛烈に嫉妬をしていた雪花であったが、人間とは不思議なもので、相手を意識すれば意識する程に、その相手が気になってしまうのはどうしたものだろうか。


 不器用ながらも清純で心優しく、それでいながら自分に対抗心を燃やす様子も、嫉妬をする様子もない葉沼を目の当たりにした雪花は色々な衝撃を受ける事となった。


 幼い頃から過激な競争社会や嘘偽りの社交界の中で生きてきた彼女にとって、人間は「死ぬか生きるか」の二つしか答えがないと思いこんでいた。そのためには幾重の仮面をかぶり、本心をさとられまいと上手く立ち回らなければならない。


 彼女がこれまでとってきた男嫌いのポーズや社交的な振る舞いもそうした観念から出たものであったのは、いうまでもない。大体の人はこうした共通の観念を持っているが故に、嫉妬、畏怖、尊敬、軽蔑などといった何れかの心を示す事となる。


 しかし、葉沼にはそんな邪な心が一つもなかった。それどころか、雪花が心の中で物差しとしている観念や感情を殆ど有していない有様であった。


 首席であっても、喜ぶわけでも驕慢になるわけでもない。人付き合いが苦手そうで、話しかけられれば普通に話をする、感情がなさそうで、小動物と遊ぶ優しい心の持ち主である――それは、雪花が成長するに連れて忘れてしまったものであった。

 その心を知るに従って、複雑な嫉妬はいつの間にか恋心へと変わっていた。然しながら、プライドの高い雪花の事である。


 素直に告白すればいいものを、「葉沼首席から告白されない限りは愛と認めない」と制約を心の中に縛り付けてしまった。こうして生まれたのが「大好きすぎてどうしようもないのに、自分から告白できない面倒くさい恋する乙女」。先程の葉沼を自分の下におさめてみせるだけならば、単なるプライドや主従論で済む話であるが、恋人関係に発展させる場合はまた違う技術が必要なはず――にも関わらず、こんな結論に至ってしまう雪花は、色々な意味で、壮絶な不器用であった。


 このお話は、そんな雪花と葉沼首席に振り回される学園関係者の苦労話と前理事長・マヂ吉が「第133回ぐるぐるどっか~ん!パフォーマンス大会」で永遠のライバル、ワンワンに勝つまでを描いた壮絶な青春譚である。

恋を自覚したのはいいけど……これ、どうするの?

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