婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 22
それは、ベルスレイア達が城を出た直後の事である。
突如、大地が揺れる。常人では立っていることも難しい揺れ。轟々と鳴り響く地震に、一行は驚き足を止める。
「地震? こんな時に?」
「ベル様、これは不自然です。警戒してください!」
何ともなく呟くベルスレイアに、シルフィアが忠告する。
「サンクトブルグは安定した大地を持つ国です。地震などほぼ起こりません。にも関わらず、この規模の揺れがこのタイミングで起こるのは不自然すぎます」
「なるほど。何か原因があって起こったものだと?」
「はい。推測に過ぎませんが」
シルフィアの言葉に、ベルスレイアは納得した。確かに――これだけの大惨事である。サンクトブルグ側が何らかの秘策を使い、ベルスレイアに仕掛けようとしていても不思議ではない。
そして――程なくして、シルフィアの警戒が正解であったことが判明する。
「あら? ベル、あれは何でしょうか?」
不意にリーゼロッテが口を開く。そして指で遠方を、城の隅の方角を示す。ベルスレイアだけでなく、シルフィアとルルもその方向へと視線を向けた。
三人は同時に、言葉を失った。
城の一角が――瞬く間に崩れ落ちていく。しかも、それで終わりではない。崩れた石は不可視の力で中に浮かび、一箇所に集まっていく。膨大な瓦礫が集合し、巨大な繭を形作る。
ベルスレイア達との距離は相当に離れている。しかし、それでもはっきりと確認できるほどの巨大な繭であった。
やがて城の崩壊と、繭の成長が終わる。すると城の三分の一ほどを崩して成長した繭は、少しずつ形を整えていく。
やがて――石材の繭は手足を持ち、頭部を持ち、人の姿を形成していく。
最終的に完成したのは、数十メートル程はありそうな石の巨人。
「……さすがに、こんなものを用意しているとは思わなかったわ」
ベルスレイアは呟く。石の巨人はベルスレイア達を認識している様子で、身体をゆっくりと動かし、一直線に向かってくる。
身動きは遅いが、巨大であるが故に速い。程なくして、ベルスレイア達に巨人は追いつくと思われた。
状況を正確に判断するため、一先ずベルスレイアは血の魔眼で巨人を見る。
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名前:守護巨兵キャッスルゴーレム
種族:ゴーレム
職業:ゴーレム
レベル:1
生命力:1084
攻撃力:150
魔法力:0
技術力:100
敏捷性:100
防御力:200
抵抗力:200
運命力:10
武器練度:拳S
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さすがのベルスレイアも、乾いた笑いが漏れた。特に、生命力を確認した時に。四桁の生命力など、LTOでもあり得なかった。異常な数値である。
加えて、防御力と抵抗力。ベルスレイアでさえ、何の補助も無しではダメージを与えることが出来ない。
巨大なだけではない。正に、規格外の怪物である。
しかし、だからこそ。
ベルスレイアは……すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「――面白いじゃないの。この私と戦うなら、これぐらいでないと張り合いが無いわ」
ようやく、自分の全力を出せる敵が見つかった。それは、ベルスレイアとしての人生で初めての経験である。
それに気付いたベルスレイアは、状況を楽しみ始めていた。
「ルル、シルフィ。リズを任せるわ」
ベルスレイアは言って、リズの手を離す。そして――収納魔法を使い、己の武器である打槍を取り出す。
「ベル?」
「ごめんなさい、リズ。ちょっと本気で戦うから、待っていてほしいの」
ベルスレイアは言って、離れていく。全力での戦いには、リズはもちろんシルフィアやルルでさえ付き合わせられない。故に、三人には安全な後方での待機を命じる。
「私があのデカブツを潰す。貴女たちは、その私を褒め称える。役割分担よ」
「承知しました」
「ようするに、黙ってみてろってことね。分かったよ。……アタシらじゃあ、アレには対抗できそうにないし」
シルフィアとルルはベルスレイアの指示に従う。リズの手を引き、下がっていく。
「ベルっ! ……無理はしないでくださいね!」
「当然よ。私だもの。必ず、容易く勝ってみせるわ」
そして――その言葉を交わした時、ついに、巨人はベルスレイアの正面に至る。腕を振り下ろせば、足を振り上げれば。いつでもベルスレイアに危害を加えられる距離。
ベルスレイアは、石の巨人を見上げて笑う。
「特別よ。私が本気で戦ってあげるなんて。光栄に思うといいわ。……そのための頭があれば、だけど」
煽るような言葉は、巨人に届いたのか否か。
定かではないが――その言葉が皮切りとなった。
巨人はゆっくりと腕を振り上げる。緩慢な動きにも関わらず、空気を切り裂く音が轟々と鳴り響く。
そしてベルスレイアもまた、構える。巨人の攻撃を受け止めるため。そして撃破するため――スキル『覚醒』の発動。途端に魔素が集まり、ベルスレイアの髪が赤く染まる。