婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 21
サティウス、そしてミスティを殺したベルスレイアとリーゼロッテ。二人は決着後、すぐに合流した。互いに顔を合わせ、熱い視線を交わして抱きしめ合う。
「あぁ、会いたかったわ、リズ」
「私もです、ベル」
二人は視線を絡め、手と手を繋ぎ言葉を交わす。何年も離れ離れであった恋人同士のような振る舞い。
「どうだったかしら。リズはサティウスに嫌なことはされなかった?」
「ええ、嫌なことを言われちゃいました。ベルのこと、あの人はとてもバカにしてたんです!」
「まあ。それはひどいわね」
「ですから、しっかり殺してあげました。因果応報です」
「そうね。えらいわ、リズ」
ベルスレイアはリーゼロッテの頭を撫で、頬と頬をすり合わせる。思わぬご褒美に、リーゼロッテは表情を蕩けさせた。こんなご褒美があるなら、もっと色んな人を殺したいかも。などと考える。
そうして二人が互いの世界に没入していたところ。頃合いを見たシルフィアとルルが近寄って来る。
「ベル様。御用も終わったのでしたら、そろそろ城を出る方が良いかと思いますが」
「白薔薇、黒薔薇もやることやって集合してるみたいよ」
二人の言葉に、ベルスレイアは気付いたように視線を向ける。
「シルフィにルル。二人もありがとう。露払いをしてくれたお蔭で、思い通りに事を運べたわ」
「っ! もったいないお言葉です……っ!」
「まあ、それがアタシたちの仕事だしね」
ベルスレイアの謝辞。これにシルフィアは感激し、ルルは照れ隠しに捻くれたことを言う。実際、二人はベルスレイアとシルフィアの戦いに邪魔が入らぬよう、駆けつけた騎士の排除に努めていた。故に、周辺には騎士の死体が無数に転がっている。
惨劇、という言葉が正に相応しい。その中央で、ベルスレイアは宣言する。
「じゃあ――行きましょうか。こんな国、もう相手をするのも面倒だもの」
――そうして、ベルスレイアが城を離れる頃と同時刻。
城内の、どことも知れぬ場所。限られた者しか侵入することの出来ない部屋。その一室に、一人の男が居た。
「――話が違いますぞ!」
男の名は、カイウス・エゼルバイン。かつてベルスレイアを真正面から侮辱した男である。
そして、カイウスが声を荒げた方向には一枚の鏡。
さらに、鏡の中には一人の女性の姿があった。
「奴は……ベルスレイアは、強いと言えど所詮一人の小娘。騎士を動員すれば殺すことも抑えることも不可能では無いとおっしゃったのは、貴女だ!」
「――ええ、言いました」
鏡の中に姿を写す女性――女神フォルトゥナ。それに向けて、カイウスは言葉を吐き続ける。
「それを信じて、私は今日の為に準備をしてきた! だが……全てが無駄に終わったのだ! この責任、どう取ってくれる!?」
「責任ですか?」
惚けたようなフォルトゥナの言葉に、カイウスはさらに怒りを燃やす。
「……そもそも、あのベルスレイアを『作った』こと自体が間違いだった。貴女が協力し、貴女が必要と言うから始めたというのに。結末はこれだ! こんなことなら……リーゼロッテを閉じ込めず、使い潰した方が良かったに違いない!」
「うふふ。そうかもしれませんね」
「何がおかしい!」
カイウスの怒りの声に、フォルトゥナはしかし何も応えない。
「ところで、ここからどう巻き返します? このままだと、逃げられて終わりですよ?」
「ふん。こうなれば、アレを起動するまでよ」
フォルトゥナに問われて、一転してカイウスは自信ありげに鼻で笑う。
「いくらベルスレイアと言えど……このサンクトブルグの秘奥とも言えるアレの前には無力であろうよ。まさしく、人が羽虫を潰すが如く。奴を殺すことなど、アレを使えば容易い」
「なるほど。そういうわけですか」
なにかに納得したように、フォルトゥナは頷く。
「どうぞ、ご自由に」
「言われなくともな」
その言葉を最後に――カイウスは部屋を後にする。アレ、と呼んだ存在を使うために。
そしてカイウスの姿が消えた部屋で、フォルトゥナは薄っすらと笑う。
「ふふ。利用されたことにも気づかないなんて。愚かな男」
呟き、カイウスを貶める。
「けれど――お蔭でいい具合に話が進みました。ものは使いようですね」
フォルトゥナは言って、鏡の中で身を翻す。離れるように姿が小さくなり、最後は煙のようにふわりと消える。
姿が消えた鏡から、深く響く声で言葉が続いた。
「さあ――ベルスレイア。このままどんどん恨みなさい。憎みなさい。人を、世界を。それが――最良の選択なのですから」
その言葉を最後に――フォルトゥナの声は、鏡から届くことは無くなった。