婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 20
リーゼロッテは、地に伏したままのサティウスに歩み寄る。
「早く死んでください」
拳を振り上げ、振り下ろす。ただそれだけの動作が、致命の一撃となる。
ステータスの格差は、それほどまでに絶望的で、絶対的。
――この一撃は、辛うじて横に転がることで回避するサティウス。予備動作が緩慢であったため。また瀕死故に強く働く生存本能がサティウスを助けた。ほぼ反射的に転がって回避。
そして、サティウスは本能に従って口を開く。
「や、やめてくれっ!」
死にたくない。いいや、死ねない。サンクトブルグに自分は必要な存在なのだから。ここで死ぬわけにはいかないのだ。
――という建前により、醜いほどの命乞いも許容出来た。
「僕が死ぬと、国の多くの人が傷つくんだ。君にも経験はあるだろう? 痛いこと、苦しいことは不幸だ。民のため、人々のために僕は死ぬわけにはいかないんだ!」
「それがなにか?」
リーゼロッテは一切の聞く耳を持たない。ベルスレイアを侮辱するような輩が存在する方が、世界にとって害悪である。と、本気でリーゼロッテは考えていた。故に問う。貴方を生かす意味がどこにあるのか、と。
「だから、助けてくれ! 君と同じ苦しみを、これ以上誰にも与えてはいけないんだ! そのために僕は力になれる。協力しよう。戦う必要なんかないんだ!」
「わけのわからないことばかり言いますね。頭がおかしいんじゃないですか?」
言って、直後リーゼロッテはサティウスの足を踏みつける。ぎりぎり、と力を込めてゆく。圧力に負けたサティウスの足は、骨から砕かれ潰れてしまう。
「ぐうぅっ!?」
「なにかいけませんか? 苦しくて痛いなんて素敵。楽しそうです。貴方を殺すほうがいい事ずくめじゃありませんか」
さらにリーゼロッテはサティウスの腕を踏みつける。足と同様に、サティウスの腕の骨は砕かれる。肉が潰れ、血が吹き出す。
手足から大量の血を流し、激痛に苛まれて。サティウスはもはや、冷静な思考を維持出来なかった。
「わ、悪かった! すまなかった! 君を傷つけたことは謝る! だからこんなことやめてくれぇッ!」
「はい? 謝られても困ります。私は何もされていませんし。謝るなら、ベルに謝った方がいいですよ?」
「すまないベルスレイア!」
「よく出来ましたね、えらいですよ」
リーゼロッテはサティウスを褒めながら、更に追撃。足をサティウスの肩に置き、踏みつける。
より頭部に、心臓部に近い部位を踏み潰され、サティウスはいっそう死の恐怖に怯え始める。
「なんで! どうして、謝ったじゃないか!」
「それがどうしたんですか? ベルに謝罪できて嬉しくないんですか?」
「許してくれ、許してくれぇっ!」
「許すも何もないでしょう。貴方は死んだほうがいいから、私が殺してあげるんです。お得ですよね?」
「嫌だ、やめてくれェッ!」
リーゼロッテの狂気と、サティウスの恐慌。二つが合わさり、対話は全く成り立っていなかった。
「――では、さようなら」
そして遂に。リーゼロッテは足を持ち上げ――サティウスの頭を踏みつける。じわじわと力を込め、圧力をかける。
サティウスの頭部はめきめきと音を立てて変形し、潰れる。やがて限界を超えた頭蓋骨が破裂するように砕ける。圧力を開放された脳漿が、割れた頭蓋骨の隙間から飛び出る。
絶命。サティウスという害悪の処分が完了した。
リーゼロッテは、満足げに笑みを浮かべて頷く。
「全く、本当に不快な人でした。今のうちにお掃除出来て本当に良かった」
言って、血みどろに汚れた足を上げる。サティウスであった物体から少し距離を取り、観察するように視線を向ける。
「……はぁ、思い出しただけでも気分が悪くなります。こういうときは、ベルに慰めてもらいましょうか」
リーゼロッテはサティウスの死体を蹴り飛ばす。無残に血や肉片を飛び散らせながら転がる死体に、何の感慨も抱かないリーゼロッテ。こうして人を無碍に扱い、一切の尊厳を無視するのが、自分にとって普通のことだから。
そうして、リーゼロッテは踵を返した。言葉通り、ベルスレイアに慰めてもらうため。別々に分かれて戦うベルスレイアの元へと向かう。