婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 19
長らく投稿を休んでしまい、申し訳ありません。
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ベルスレイアがミスティと戦闘を繰り広げていた頃。リーゼロッテとサティウスもまた、同様に戦っていた。
ただ、サティウスは防戦一方である。元々、ステータスに大きな格差がある。その上、サティウスには引け目があり、全力を出すことも出来ない。リーゼロッテの境遇に同情している以上、攻撃の手が緩むのは仕方のない事でもあった。
だが、サティウスは違う角度で攻める手段を考えていた。
実力で負けていることは既に理解している。故に、リーゼロッテを傷つけずに無力化することは不可能に近い。
ならば――相手の戦意を削ぐ、あるいは勝負を諦めさせる。改心させ、ベルスレイア側からの離反を狙う。
要するに、精神攻撃である。
そう言った意味もあり、サティウスは最初、リーゼロッテの説得を試みた。だが、リーゼロッテは正気ではない。通常の理屈が一切通じない相手である。並大抵の言葉では揺らぎもしなかった。
そこで、サティウスは異なる切り口から説得を試みることにした。
「……確かに、君はベルスレイアによって救われたのかもしれない。だが、それは本当に信頼に足るものなのか?」
相手の心を支える柱。つまりベルスレイアへの信頼を揺さぶるという手段。リーゼロッテが狂っているからこそ――その心の大部分を占めるベルスレイアへの言説は意味を持ちうる、と考えた。
そして、その考えは的確であった。
「ベルが、信頼できないと?」
リーゼロッテは、今までに無いほど表情を歪め、不快げに呟く。サティウスの言葉に影響をされている証拠である。
ここが攻めどころだ、とサティウスは考えた。故に言葉をさらに重ね、ベルスレイアを否定していく。
「確かに彼女は、君の救いだったのかもしれない。でも、彼女は君以外の多くの人を不幸にしている。苦しめ、傷つけ、殺しているんだ。君だけが例外とは限らない。ベルスレイアが、君を傷つける日だってくるかもしれない」
「ふざけないで下さい。そんなこと、あるわけがない」
泣きそうな声で、リーゼロッテは言い返す。だが、言葉と同時に暴力も振るう。これまでの、甚振って遊ぶような攻撃ではない。殺意が深く籠もった一撃。
だが――感情的だからこそ、サティウスは攻撃の挙動を読むことが出来た。辛うじて回避し、さらに言葉を重ねる。
「いいかい? 僕も最初は、ベルスレイアを信頼していた。伴侶として彼女ほど素晴らしい人は居ないと思っていた。愛情さえ抱いていたさ。だが――結局は裏切られた。二人で紡いだ言葉の全てに意味は無かったんだ」
「それは、貴方が貴方だからであって……」
目に見えて、リーゼロッテは困惑していた。これに、サティウスは勝機を――ベルスレイアに一矢報いる可能性を見出した。ここで追い込むべき、と判断して口撃を続ける。
「そう、僕が僕だから、彼女は僕を裏切った。そして君も例外じゃない」
「違います。私はベルの特別。ベルも私の特別。貴方のようにはなりません」
「かもしれないね。でも、そうじゃないのかもしれない。裏切ったという前科がある彼女は、無条件で信用ならないんだ」
サティウスの言葉に、リーゼロッテはもう言い返すことは無かった。身体を震わせながら俯き、黙り込む。
表情こそ確認できないが、サティウスは勝利を確信していた。リーゼロッテに迷いが生じている、と考えた。
だが――それは甘い考えであった。
「……私のベルを、こんなに侮辱するなんて」
リーゼロッテは小さく呟く。顔を上げると、その目には涙が滲んでいた。
「許せません。一分一秒でも、貴方は早くこの世界から消えてなくなったほうがいい」
次の瞬間。リーゼロッテの姿がサティウスの視界から消える。
――手加減も何も無しに、ステータスの通りにリーゼロッテが行動したのだ。格差故に、サティウスはリーゼロッテが横に向かって移動したことにさえ気付けなかった。
そして、これがサティウスにとって致命的な失態であった。
サティウスの右側に回り込んだリーゼロッテが、力のままに拳を振るう。認識さえしていない以上、回避は不可能。拳はサティウスの脇腹に異様なほどめり込む。
「ぐっ!」
わけもわからないまま、サティウスは衝撃で吹き飛ぶ。人形のように無抵抗に、幾度も大地を跳ねつつ、壁に衝突するまで転がる。
――これが、サティウスがリーゼロッテから精神的余裕を奪った結果である。
サティウスをいたぶる目的で手加減をしていたからこそ、これまでの戦いは成り立っていたのだ。言葉で煽り、怒りを買ってしまえば結果は明白。サティウスでは対処不能な、ステータスの格差という理不尽により命を奪われる。
痛みに苦しみながら、サティウスはようやくそれに気づいた。
怒らせてはならなかった。説得を試みてはいけなかった。相手は猛獣同然の怪物。半端な正義感など、命を散らす結果に終わるのみ。
ひたすらの後悔と痛みが、サティウスを苛む。
――こんなところで、死ぬわけにはいかない。死にたくない。
今更になって、そんな感情が湧き上がってくる。