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婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 18




「――誰を信じろと言うの」


 ベルスレイアは、ミスティを睨み、言う。


「お前に何が出来るの。お前を信じて、私は何を得られるというの」

「少なくとも、私は裏切りません!」


 自信を持って、宣言するミスティ。だが、だからこそベルスレイアは苛立つ。


「お前が私を裏切らないとして、それに何の意味があるというの? それで得られるものは何? 変わるものは?」

「守りたいものを、一緒に守るんです。協力して、そうやって手を繋ぐことができればきっと――」

「不可能ね。そんなことで人間は協力出来ない。不確定要素を抱えるぐらいなら、私一人で全て解決する方が合理的よ」

「そんなの、寂しすぎます。……今は信じられなくても、せめて少しだけでも、私の言葉の通りにしてみてくれませんか?」


 ミスティは、諦めない。それがベルスレイアには憎らしく思えてきた。何も知らないくせして。何故、全てが自分の理想通りになる前提で話をするのか。

 そうした無恥厚顔な態度こそ、ベルスレイアを前世で苦しめたものである。


 故に――ベルスレイアは怒りのまま、暴力に訴える。ミスティの胸ぐらを掴み、地面に投げ落とす。衝撃と痛みで喋れなくなるミスティ。そこに、ベルスレイアは言葉を浴びせる。


「何度も言っているでしょう。お前の言葉に意味は無いと」


 さらに――そう告げた直後。ベルスレイアはミスティの腕に拳を叩きつける。これまでとは違い、手加減を緩め、破壊力を増した一撃。骨は砕け、肉は千切れる。

 ミスティは、右腕を破壊され、失った。


「ぐぅ――ッ!?」

「お前の言うことが真実なら、世界はきっと平和になっていたでしょうね。人は自分のために生きる存在だもの。信頼一つで何でも守れるというなら、親の仇だって信じるでしょうよ。けれど、現実は違う。信頼は世界を支配できない。即ち信頼に力は無い。ありもしない力では、なにも守れない」


 ベルスレイアの言葉を、ミスティは聞く。痛みと苦しみで意識を苛まれながらも、耳を傾ける。言葉の先に、ベルスレイアを理解し、説得する手掛かりがあると信じて。

 そして、そんな献身的な態度は、なおさらベルスレイアを苛立たせる。


「そして――救えると言うのなら、救ってみなさい。ここに居ない誰かを。既に奪われ、失い、裏切られた誰かを。お前の手の届かない場所で、確かに人を信じ、仲間に裏切られた者を」


 言って、ベルスレイアは更に攻撃を加える。地に伏すミスティの足に目掛け、自分の足を振り下ろす。

 桁外れのステータスにより、踏みつけられた足は千切れ飛ぶ。片足を失い、ミスティは動くことすら儘ならない状態に陥る。


「まあ――出来ないでしょうけれど。弱くては、何も出来はしない。蹂躙されて、何一つ成し遂げられないまま死ぬのよ」

「……それ、でも。私は貴女を――」

「もう黙りなさいな」


 さらにベルスレイアはミスティの手足に攻撃する。残った腕を蹴り飛ばす。千切れて吹き飛ぶ腕。さらに残った足の足首を持ち、逆さに吊るすように持ち上げ――握り潰す。


「ぐうっ!」

「今、正に証明されているのが分からないのかしら? お前がどれだけ私を信じたところで、私はお前を殺す。殺されたお前は何も守れない。私の力にもなれない」


 蔑むような視線を、逆さ吊りのミスティに向けるベルスレイア。


「まあ――例えお前が五体満足だったところで、私を助けるなんて不可能なのだけれど」


 その視線を――ミスティは正面から受け止める。そして愚かさを嗤う瞳の中に、どこか悲しげな色が揺れているのを見た。


 ようやく、ミスティは己の間違いに感づく。


「――そう、ですか」


 突然、妙に大人しい態度で声を漏らしたミスティ。これに、ベルスレイアは眉を顰める。


「ごめんなさい。私は……貴女を救えないんじゃない。既にもう救えていなかったんですね」

「っ!」


 ミスティの態度に、ベルスレイアは不意を突かれてしまう。まさか、謝罪をされるとは思っていなかった為である。

 ベルスレイアに言葉を遮られることがない為、ミスティの謝罪は続く。


「救えなかった人間の言葉じゃあ――届かないんですね。やっと分かりました……確かに、私は、無力で、何も救えないんでしょうね」

「そうよ。お前は何の役にも立たないゴミなの」


 言って、ベルスレイアは手を離し、その場にミスティを落とす。ミスティは、何の抵抗も出来ず、ぐしゃりと地に落ちる。

 そのまま、姿勢も変えず、ミスティは謝罪の言葉を続ける。


「ごめんなさい、ベルスレイアさん。本当に――ごめんなさい。貴女を苦しめた何かから、私は守ってあげたかった。なのに守れなかった私じゃあ……何より、貴女の心を救えない」


 地に伏せたまま語るミスティに、ベルスレイアは鋭い視線を向ける。だが、言葉を遮りはしなかった。


「でも、それでも――私は信じてほしいんです。人は信じ合えるって」

「そう思うことは未来永劫有り得ないわ」

「……かもしれません」


 か細く、ミスティはベルスレイアの主張を認めた。


「そんな風に、ベルスレイアさんの心を歪めてしまった誰かを……私も、許せないから」


 語るミスティの瞼が下りて、一滴の涙が溢れる。確かにこの時、ミスティはベルスレイアの心境を思い、悲しんでいた。

 それがベルスレイアには理解できない。怒りとも、苛立ちとも違う妙なざわつきが心に芽生える。


「それでも、私は、願うことをやめられない。……いつか貴女の、呪われた心に、幸福と安らぎが……訪れるように――」


 その言葉が、ミスティの発した最後の言葉であった。手足を千切られたことによる出血多量で、意識を失った。

 程なくして、命の灯火も消える。


「……ふん。好きにすればいいわ」


 死に瀕しながらも、他人を思う。そんなミスティの行動に、信念の強さをベルスレイアは感じ取った。

 相反しながらも、そうした強い感情自体を否定するつもりは無かった。自分もまた、強い感情のままに生きる、身勝手な存在であるのだから。


 やがて――ベルスレイアの血の魔眼が、ミスティの生命活動が完全に停止したことを感知する。ステータスが見えなくなり、魔素が霧散していく。


 死んだミスティを、少しの間ベルスレイアは眺めていた。

 だがすぐに身を翻し、その場を離れていくのだった。

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