婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 17
リーゼロッテとサティウスが対峙する一方。ベルスレイアとミスティも衝突していた。
ミスティは剣を振り、ベルスレイアに迫る。これを、ベルスレイアは素手で捌く。動体視力も、身体能力も桁違いに高いベルスレイア。ミスティの剣戟程度では脅威にならない。
そもそも、当たったところでダメージにもならないのだが。あえて、ベルスレイアは人並みの対処に出る。剣を回避し、懐に入り込む。ミスティは打撃を警戒し、後退する。
何度か同じような攻防を繰り返してから、ミスティが口を開く。
「……ベルスレイアさん。貴女は言いましたね。優しい顔をしていれば、相手も笑ってくれると思っているのか、と」
「そうだったかしら?」
ベルスレイアは思い返す。確かに、言ったような気もした。それに、考え方としてもベルスレイアの思想に合致する。自分の発言であってもおかしくはない。
「まあ、私ならそう言っても不思議ではないわね」
「つまり、貴女の考えはそういうことなんですね」
ミスティは悲しげな表情を浮かべる。これに、眉を顰めるベルスレイア。
「それがどうかしたのかしら」
「その考え方は、正しいのかもしれません。誰もが善人じゃないのかもしれません。確かに、悪いことを考える人は必ずいるんでしょう」
ミスティは語りながら、剣を構え直す。
「でも、それが当たり前だって思っちゃいけないんです。誰かに裏切られてしまうかも。そう思って、最初から他人を敵だと思っていたら、ずっと何も変わらない。裏切られて、攻撃されて。それをお互いに繰り返すしかなくなっちゃうんです」
ミスティの語る言葉の理屈を、ベルスレイアも理解は出来た。互いを仮想敵と認識する世界は、全ての人間関係が敵対から始まる。結果的に互いを攻撃し、排除し、殺し合う。
「別にそれでいいじゃない。結局は、勝てばいいのよ」
そう。ベルスレイアは、そんな世界を肯定する。力こそが全てであると。人と人は敵同士であり、争うのが自然だと。
だからミスティの考えることの意味を理解は出来る。しかし賛同は出来ない。
未来永劫争い続けるとしても、ベルスレイアはそんな世界を肯定する。――そもそも、否定する手段が存在しないと考えていた。個人がどう思い、どう願おうと。世界は争いを求めているのだ。
それを――何よりも、ベルスレイアは経験から理解していた。
だからミスティの言葉に賛同しない。不可能なのだ。例えベルスレイアが善意を信じ、善意的に振る舞ったところで、世界は変わらない。
ベルスレイアは肯定する。世界の選択に賛同する。裏切りには裏切りを。暴力には暴力を。世界の悪意が人を破壊するならば、ベルスレイアは悪意で世界を破壊する。
それこそが、この世界に転生して――鈴本清美であった者が選択した人生である。
「でも、貴女は無敵じゃない。最強じゃない!」
ミスティは、そんなベルスレイアを理解できない。重ねて否定する。
「ずっと勝ち続けることなんて出来ない。奪い続けるなんて出来ない。時には奪われて、壊されて、大切なものを失ってしまう。――そうならない為には、裏切られるかもしれなくても、優しくならなきゃいけないんです。お互いを受け入れて、協力して、認め合っていかなきゃダメなんです」
ミスティの言葉に、ベルスレイアは眉を顰める。
「戯言ね」
言って、直後にベルスレイアは駆け出す。ここに来て、初めて攻勢に転じる。素手でミスティに殴りかかる。回避されたところへ重ねて蹴りも放つ。これをミスティは回避できず、吹き飛ばされる。
腹部に蹴りを受け、ミスティは苦しげに膝を突く。蹴り飛ばされた勢いで距離は開いた。だが、ベルスレイアはゆっくりと近づいてゆく。
「私は最強で、最高よ。負けることは有り得ない」
「……どんなに強くても、負けることは、あります」
苦しげな声で、ミスティは言い返す。無論、ベルスレイアも引きはしない。
「でも私は例外ね。私は奪われない。奪わせない」
「そんなことは出来ません」
「出来る出来ないじゃないの。やるのよ。でなければ、何も残らないんだから」
ミスティとベルスレイアは、互いに睨み合う。意見は交わらない。根本的な部分で、思想が食い違っていた。
「――だとしても、やっぱり信じなきゃダメです。もしも何もかも失ってしまうのだとしても。本当に護りたいものがあるなら。一人では出来ないことを、二人で、三人でやり遂げられるって信じなきゃ」
理想論が、ベルスレイアの神経を逆なでる。理解できるからこそ、苛立たしい。
確かにベルスレイアもまた――ミスティの思想を、理屈を信じていた頃はあった。鈴本清美として生きていた頃。ミスティのような理想論を……本心からではないにせよ、信じてはいた。
だが、その理想は実現しない。全ての想定が理想通り都合よく巡ってくれなければ、妄想に終わるのだ。
全ての想定を都合よく。そんなことは不可能である。可能であるとすれば――それは自分自身に関する事柄のみ。他人というものは、例え味方であっても信用ならない。理想通りには動かない。
故にベルスレイアは、ミスティの言葉を否定する。ミスティの思想と相反する。
そして――それが実体験に伴う反発であると、ミスティは理解できない。
だからこそ、更にベルスレイアの神経を逆撫でる。
「信じて下さい、ベルスレイアさん。せめて――私を、信じてくれませんか。私は絶対に裏切らないから。きっと貴女の力になるから。だから――こんな、悲しいことは、やめにしませんか?」
その言葉によって――ベルスレイアとミスティの断絶は確実なものとなった。
また投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。