婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 15
「どうして、ここまでする必要があったんだッ!」
サティウスが叫ぶ。辺りの惨状――ベルスレイアとその従者達に殺された騎士達を見て。
だが、そうした常識的な問いかけはベルスレイアに届かない。
「言ったでしょう? 敵だから殺す。それ以上でも、以下でも無いわ。黙ってどこかに引っ込んでいれば、殺されることも無かったでしょうに。どいつもこいつも、律儀に首を捧げてくれるんだもの」
「それは、騎士だから当然だろう! それが彼らの仕事だ!」
「だったら、責任は仕事を与えた者にあるわね。私に殺されると分かって、ここに送り出したのでしょう?」
「違う、違うんだベルスレイア。そういう問題じゃないんだよ……ッ!」
サティウスは、頭を抱えながら首を左右に振る。ベルスレイアの理屈を認められず、苦悩に苛まれて。
そんなサティウスの仕草に反応したのは――リーゼロッテであった。
「生意気な人ですね」
その一言に、他ならぬベルスレイアが最も驚いた。リーゼロッテの口から、冷たく敵意に満ちた言葉が漏れた。それが余りにも、想像からかけ離れた声だったから。
リーゼロッテは、ベルスレイアの腕から降りて、地に脚をつけて立つ。
「ベルに口答えするなんて、ふざけてるんですか? そんなことして、許されると思っているんですか?」
言いながら、リーゼロッテは数歩前に進む。
「私は許しません。貴方みたいな人、認めません。この世界にあってはならない」
底無しの、仄暗い悪意に染まった言葉。突然責め立てられ、サティウスは理解が追いつかなかった。
「君は……? なぜ、ベルスレイアを庇うんだい?」
「ベルを庇うのは当然です。理由が必要とでも思っているんですか? やっぱり貴方は駄目ですね。許せない」
対話が成り立たず、さらに困惑するサティウス。
「ベル。この人は、私に任せて貰えませんか?」
そして振り返り、リーゼロッテが問う。
他ならぬリーゼロッテの頼みである。ベルスレイアに断る理由は無い。何より、リーゼロッテがこうして自ら進んで行動すること自体が貴重である。尊重してやりたい、というのがベルスレイアの考えであった。
また、サティウスのステータスは騎士団以下である。リーゼロッテに危険は無い。一方でミスティは騎士団以上のステータスを持つ実力者であり、油断すればリーゼロッテなら傷を付けられかねない。
どちらかを任せるとすれば、サティウスの方が安全とも言える。
「良いわ。サティウスの事はリズがお願い」
言って、ベルスレイアは視線をミスティに向ける。
「私はこっちの子と遊ぶから」
言って、ベルスレイアも数歩前に進む。リーゼロッテがサティウス寄りに進んだのに対し、こちらはミスティ寄りに。
「……ベルスレイアさん。私は、理解が出来ません。貴女の言っていることが分からない。でも、だからこそ理解したい。まずは話し合って、貴女のことを知りたい。全てはそれからじゃないかって思います」
ミスティは口を開く。ベルスレイアに向けた、綺麗事。これが心底、不愉快だった。ベルスレイアは眉を顰め、ミスティを睨む。
だがミスティは口を噤まない。
「それでも……ベルスレイアさんが暴力に訴えるのであれば、私も戦います。ちゃんと話をして、分かり合いたいから。貴女と話をするために、今は勝負になるのも仕方ないかも、って思います」
言って――ミスティは剣を構えた。倒れた騎士達から拝借した武器であろう。鞘だけが血に汚れた剣である。
「――戦いましょう、ベルスレイアさん。私が勝てば、少し話を聞いてもらいますから!」
その宣言が、始まりの合図となった。
ベルスレイアはミスティへと襲いかかり、吹き飛ばす。手加減し、軽い力で――それでも圧倒的な格差のあるステータスによる一撃。これをミスティは剣で防いだ。辛うじて、防げる程度の威力であった。
「そこまで言うなら、意思を示してみせなさい。……お前の言うことは気に入らないけれど、力で我を通す主義は好きよ。少し付き合ってあげる」
言いながら、ベルスレイアは好戦的な、猟奇的な笑みを浮かべた。