婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 13
ルルが後方から迫る騎士を噛み砕き、引き裂く一方。
シルフィア・ロンドウェイはベルスレイアの進む道を切り開く。
「――貴様ら、止まれ! 止まれと言っているだろうが!」
騎士が駆けつけ、剣を構えて怒鳴る。
だが、腰は引けている。周囲に散らばる、切り捨てられた仲間達の姿を見て。
「ベル様の進む道を塞ぐならば、容赦はしません」
シルフィアは、静かに宣言する。
静かに剣を構え。
そして――静かに動いた。
速さ以上の早さでもって。
技量により成し遂げられる、無音の一閃。
気付く機会すら得られないまま、騎士の男はその首を飛ばされた。
圧倒的な速さと技術。二つの格差を見事に融合させ、シルフィアの剣は前人未到とも言える高みに近づいていた。
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名前:シルフィア・ロンドウェイ(Sylphia Rondway)
種族:妖精族エルフ種
職業:暗殺者
レベル:17
生命力:82
攻撃力:45
魔法力:48
技術力:71
敏捷性:74
防御力:31
抵抗力:39
運命力:59
武器練度:剣X
魔法練度:風S
スキル:回避 先制 天剣 剣の極意
解錠 瞬動 死剣 空歩
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重要なのは、瞬動と空歩のスキル。一瞬で移動する瞬動と、空中を足場にする空歩を利用した瞬動の重ね掛け。
常人の感覚では、瞬動中に空歩を重ねることなど不可能。だがシルフィアは確実に――瞬動で足が浮き上がった瞬間、空歩でそのまま瞬動する。
誰よりも速く、何よりも鋭く。空気の漂うように軽く。景色の一環のように自然に。シルフィアは近づき、剣を薙ぎ、敵を――悪を斬る。
ベルスレイアに敵対する者は悪である。
ベルスレイアが正しい以上、それは不変の真実である。
――等と、当然シルフィアは心の底から信じてなど居ない。
他人を害するなど言語道断。欲望のままに奪い、殺し、破壊するベルスレイアこそ悪。討つべき者であろう。
そんなことは、シルフィア自身が誰よりも理解している。
正義に殉ずるのであれば、今こそ反旗を翻し、ベルスレイアに一太刀でも浴びせてみせるべきだろう。
だがシルフィアは変わらない。
ベルスレイアの進む道を切り開くため。
眼の前の敵を葬り去る為。
矛盾した極限の刃を振る。
――でも、だって。仕方ないじゃないですか。
そんな言い訳を胸中でぶちまけながら、シルフィアは片手で、自分の耳を触る。
忘れられないんです。もう逃げられないんです。ベル様の与えて下さる快楽が、お仕置きが。もう私の魂の一部であるかのように。あの人に耳を噛まれて、初めて私が生きているような気持ちになるのです。
最高に、気持ちがいいのですから。
迷いながらも、シルフィアの剣に曇りは無い。――どこか本能的に振るわれるそれは、思想雑念に左右されない。
次々と現れる騎士の男達。その首を。胴を。手足を肩を。千人居れば千本違う太刀筋で、さながら遊びか何かのように切り裂いていく。
――ああ、でも考えてみれば、私は何も変わっていません。
だって、そもそも。
正義って、気持ちがいいですから。
そう考えた時、シルフィアの心に黒い想いが溢れ出る。
私は何も変わってなどいない。最初から私は、正義が好きだった。気持ち良いことが好きだった。だからベル様にお耳を食んで頂けるのは、どんな正義よりも正しい。
何より気持ちがいいベル様。貴方のお側にいることは、どんな正義よりも正しい。
――何千何万倍の正義を、私は遂行する。
シルフィアの中で、黒く濁った正義の心が育つ。
シルフィアという存在を支えていたものが汚れていく。
堕ちてゆく。
だが――ベルスレイアには、そんなことなど眼中に無い。
シルフィアはベルスレイアの側で、ベルスレイアに見向きもされず、ベルスレイアの為に壊れていく。
果てしない暗色の献身。シルフィアの自己満足に過ぎない変貌。
しかしそれでも――やはりシルフィアには、十分であった。
「良い働きね、シルフィ。偉いわ」
ベルスレイアはそう呼びかけて。シルフィアの腰に手を回し、抱き寄せ――背後から、エルフの長耳に噛み付いた。
「あっ、ベル様ぁ……」
「ご褒美よ、シルフィ。もっと私の為に頑張りなさい」
「はい、ベル様――愛しております」
「ええ。私も私を愛しているわ」
二人の交わす言葉を――駆けつけた騎士達は理解できなかった。
だがそれでいい。
どうであれ彼らの命など、風前の灯火より儚く無意味なのだから。