裏切りと拒絶 02
ラブ・トゥルーシア・オンライン。
通称、LTO。剣と魔法のファンタジーの世界を舞台にするVRMMORPGだ。
広大な自然。点在する人工物。そして多様な世界観に彩られ点在する街。それらが存在するマップの中を駆け巡り、ダンジョンを攻略する。それがLTOの大まかな概要である。
プレイヤーはゲーム内の世界に召喚された異界の人間になりきり、冒険者となって身を立てていく。最終目標の魔王城攻略に向けて、様々なクエストを自由にクリアしていく。
また、魔王城攻略後もプレイは続行する。多種多様な高難易度ダンジョンが開放され、プレイヤーは続々とそれらに挑む。そして未だに新たな高難易度ダンジョン、エンドコンテンツが開放され続けている。
さらには、恋愛シミュレーションゲームのような要素もある。主人公の設定によっては王道の恋愛物から悲恋物、男性向け。果ては百合やBLと様々な架空の恋愛を楽しめる。
なお、これはプレイヤーとNPCの間の話であり、プレイヤー間での恋愛イベント等は実装されていない。
――清美はこのゲーム、LTOにのめり込んだ。
実寸大の北海道にも匹敵すると言われる広大なマップを旅して、心を奪われた。旅の中で力をつけ、未熟な初心者や、人手の足りない中級者の助けとなるのが楽しかった。
さながら、現実で達成不可能となった願望を埋め合わせるようでもあった。
そうして他プレイヤーの援助プレイを続けるうち、『逆姫プレイ』『人間ウィキ』等と揶揄されるようになった。有名プレイヤーの仲間入りを果たし、上級者として多くの人に頼られることとなった。
自分の願望を、ゲームの中で満たすことに見事成功していた。
そうやってゲームにのめり込むほど、清美は余計に陰気を纏うようになった。そのせいで、さらにクラスメイトから距離を置かれる羽目となるのだが。すでにクラスに見捨てられた清美にとって、それは些細な違いに過ぎなかった。
日夜ゲームにのめり込み、寝不足のまま学校に通い、授業中に眠る。そんな状態に陥った清美に、クラスの誰もが幻滅した。あの頃の清美は、もう居ない。ここに居るのは、単なるダメ人間鈴本清美なのだ。と、誰もが考えた。
しかし清美にとってはそれでも良かったのだ。ゲームの世界に行けば、自分の力を必要とする人がいる。顔も名前も知らないが、自分を頼って求めてくる仲間がいる。
だから清美はLTOにのめり込んだ。求められたら、応じてしまうから。要望には善意で応えなければならない。そう、思い込んでいるから。
それが清美がクラスから浮き、LTOにのめり込んでからの一年半だった。信頼を失い、仲間に裏切られ。助けを求めても誰も助けてくれない。その代わりにゲームへとのめり込む。それが正に、英美里の攻撃を受け続けた一年半の清美の有様だった。
そして今日、ある春の日。
清美は久々に、つまらない嫌がらせを受けた。下駄箱の靴が、どこかに隠されるというイタズラ。まだ清美と英美里が対立していた頃に受けた嫌がらせの一つ。
とうとう具体的な手段に出たのかな。と、清美は思った。それでもまだ、英美里を恨んではいなかった。英美里が悪いか悪くないかは関係ない。手を差し伸べて、理解しあう義務があるのは自分の方なのだ。自分が義務を果たせていないだけのこと。恨みなど、抱くはずもない。
――と、清美は頭で考えていた。
しかし、頭に心がついていかない。ふつふつと怒りが湧いてくる。LTOというゲーム内に居場所が出来たおかげで、クラスメイトに対して強く出ることが出来るようになったのも理由にあるだろう。
その結果、清美は自分でも知らぬうちに英美里への苛立ちを募らせていた。
これまでの清美からは考えられない話だった。理解し合えないことへの悲しさこそあっても、怒りや苛立ちを覚えたことはない。少なくとも、表に出すほど大きな感情になったことは無かった。
しかしこの時の清美は違った。何もかもが変わってしまった為だろう。英美里に対して、自分を制しつつ接するということが難しくなっていた。
教室で、廊下で。下校の最中。昼休みの昼食の席にて。
様々な場面で、清美は自分でも気づかないうちに英美里をどこか雑に扱っていた。そのせいで、清美に対する評価は下がる一方だった。
そしてついに――事件が起きた。
清美の靴が、ズタズタに刃物で引き裂かれていたのだ。