婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 12
お久しぶりの投稿です。
スパロボTが発売した為に更新停止していましたが、二周ほどクリアしたので更新を再開いたします。
おまたせした皆様、申し訳ありません。
ベルスレイアは移動を開始した。
目標は――リーゼロッテ・クルエリアを幽閉する尖塔。真っ直ぐ、全ての障害を塵に変えながらベルスレイアは進む。
庭師が美しく整えた生け垣を。堅牢な護りを誇った石壁を。立ち塞がる騎士共を。一つ残らず『破壊』スキルで粉砕する。
条件さえ満たせば、自在に行使可能なスキル『破壊』。その性能は、明確に飛び抜けていた。攻撃する必要すら無く。意思のみで世界に干渉する力。ステータス倍化というふざけた性能を持つ『覚醒』スキルでさえ、足元にも及ばない。
だが、代償はやはり伴う。
破壊する都度、ベルスレイアの中で何かが軋む。生命力でも、魔法力でも無い何か。実体を持たぬ何か。
言うなれば、心とでも名付けるべきもの。
下らないものを『破壊』するほど、ベルスレイアの心は軋む。
石の城壁を塵に変えれば小さく。生け垣を芥にして揺らぎ。立ちはだかる騎士共にはぞわり、とざわつく。
――普通、逆なんじゃないの? とベルスレイアは胸中で悪態を吐く。『破壊』の難しいものほど、本来なら代償を支払うべきである。
だがベルスレイアの場合は……基準は性能ではなく、人間性にあった。
城壁は石であり、あまり人間的ではない。だから、壊しても心は揺れない。
生け垣には人の手が加わっており、僅かな動揺が走る。
そして騎士は人そのもの。眉を顰めるほどの軋みが生まれる。
このまま破壊スキルだけで全てを突破するのは、危険かもしれないわね。
ベルスレイアは、本能的にそう判断を下した。自らの心は、肉体以上に尊い。優先するべきは、身体の健康よりも心理の正常である。
「――シルフィ、ルル。露払いをしなさい」
「御意ッ!」
「喜んで!」
ベルスレイアは、特別に尊き従者二人に指示を下した。立ちはだかる騎士。そして、背後の方面から追い縋る騎士。
これらを排除せよ、と。
後方に動いたのはルル・アプリコット。
「あんたら獣人嫌いに、とびっきりのサプライズを見せてあげるよ!」
叫ぶと同時に――ルルは、妖狐形態へと変身する。
変身前の頭髪の色を引き継ぐ、若草色の体毛。成人男性にも並ぶ背丈の、巨大な狐。身体から溢れる魔素がバチバチ、と火花と電撃を飛び散らせる。周囲は凍りついたように、温度が下がっていく。
そして何より特徴的な――九本の、尻尾。
「――き、九尾」
騎士の中の何者かが、そう呟いた。
九尾。それは伝説とされる、極めて高い魔法力を持つ妖狐を指す言葉である。
現在のルルが変身した姿は、紛れもなく九尾と呼ばれる怪物そのものの姿であった。
それも当然である。そもそも、妖狐族の尾は魔法力が高まるほどに増えていく。
最初は一本。五の倍数を超えるごとに一本ずつ。二十を超えれば五本の尾が、二十五を超えれば六本の尾が生える。
現在のルルが持つステータスを見れば、一目瞭然。
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名前:ルル・アプリコット(Lulu Apricot)
種族:妖狐(変身)
職業:賢者
レベル:20
生命力:78
攻撃力:35
魔法力:56
技術力:50
敏捷性:55
防御力:39
抵抗力:47
運命力:45
武器練度:拳S
魔法練度:炎S 氷S 雷S
スキル:魔力 精神統一 魔闘気 魔導の匠
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魔法力は五十六。変身による上昇分の十二を引いて、ルルの素の魔法力は四十四。九尾となる為に必要な魔法力は四十一。
紛れもなく、伝説上に残る九尾と同等の力を有し、姿を得ているのだ。
当然、優れているのは魔法力だけではない。あらゆる能力が飛び抜けている。例えば――この場に集まった騎士に、王宮の宝物庫に眠る宝剣を持たせたとして。ルルの生命力は二、三ほどしか削ることが出来ない。
そしてルルに攻撃を当てること自体が、敏捷性と運命力の差故に、百回振って当たれば良い程度である。
これだけの格差の上、ルルを倒そうとなれば七十八もある生命力を削らねばならない。つまり、根本的に不可能。
騎士は決して――ルル・アプリコットを害することが出来ない。
「ふん、差別主義者にお礼する折角の機会なんだから。精一杯楽しませてくんなきゃ、困るんだよッ!」
次の瞬間、ルルは駆け出す。
その騎士達を圧倒するステータスから繰り出される突撃は――言わば弾丸。目にも留まらぬ速さで、命を刈り取る攻撃が迫り来る。
騎士は誰一人として、回避すること叶わず。
ルルの爪が、牙が。
王宮に居た騎士を――差別主義者を、差別主義者を守ってきた輩を引き裂いていく。
ルルは決して、復讐という概念の下に生きてきたつもりは無かった。
あくまでも、ルルが成り上がりたいのは怒りの為。獣人差別をする輩への復讐ありきではなく。単に差別主義者に虐げられ、弱い者として、弱いまま生きていた自分が許せなかった。
だから成り上がろうと思った。メイドとして出世の道を選んだ。気づけばベルスレイアに巻き込まれ、その歪ながらに美しい存在感に魅了されていた。
その結果が、今である。
――私は、勝っている。
私は、虐げている。
今は私が、殺している。
この世に存在する何よりも原始的で――純粋な喜び。
ルルはそれを噛み締め、爪と牙を振るった。