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婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 08




「――で、結局。何を言いたいのかしら? 私が差別主義者だとして、それと婚約破棄に何の繋がりが?」

 ベルスレイアは、積極的に話の続きを促す。これに応えたのは、ミスティではなくサティウス。


「君の間違いをミスティは僕に教えてくれた。そして――ミスティは君とは違い、本気で獣人差別と戦う覚悟があった。僕は……そんな彼女を、心の底から尊敬しているんだ」

 サティウスは幸福そうに微笑み、ミスティに視線を向ける。ミスティもまた、サティウスに微笑んで返す。


「そして何より。君に拒絶されてからの失意の日々を支えてくれたのは、ミスティだ。苦しい時、そばに居てくれたのは……君じゃなく、ミスティだった。だから僕は、そんな優しいミスティに応えたい。彼女の願いを、目標を支えてゆきたいと思ったんだ」

 なるほど。つまり、辛い時に優しくされてころりと落ちたのね。ちょろい奴。と、ベルスレイアはサティウスの心情を悪く評価する。


「だから、今日はこの場で宣言させてもらう。ベルスレイア・フラウローゼス。君との婚約を、正式に破棄するとね!」

「あー、ええ。大体事情は分かったわ」

 要するに、恋は盲目という現象である。優しくしてくれた女性にお熱となり、冷静さを欠いている。それが、今のサティウスの状況であった。

 だからこそ、ベルスレイアは一つ尋ねる。

「けれど、婚約破棄なんてそう簡単に出来ることではないわよ? 公爵令嬢のこの私と、幼少の砌から続いてきた婚約を無かったことになんて。周囲が許さないでしょう?」


 ベルスレイアの疑問は当然のこと。王族の婚約ともなれば、それは個人の恋愛感情によって成立するものではない。だからこそ、サティウスはベルスレイアと婚約を結んでいたのだ。

 しかし、だというのに。サティウスは今になって婚約解消を望んでいる。しかも、ミスティとの新たな婚約を望んでいる。

 そのような身勝手な振る舞いを、現国王や貴族が許すわけがない。


 そう、本来なら許されない行為。

 だが、この場には数多くの貴族が並んでいる。誰もが有力な、サンクトブルグを支える面々である。

 これほどの面子を揃えての婚約破棄など、常識外れにもほどがある。が、だからこそ――ベルスレイアには、その理由についても思い至る節があった。


「最初は反対されました」

 ベルスレイアの問いに、今度はミスティが口を開く。

「けれど、私とサティウス様で一緒に、皆さんを説得しました。獣人の差別を無くして、平和な世の中を作りたいと。何度も、何度も訴えかけて――言葉を交わして、ようやく認めてもらえたんです」

「これが、ミスティと君の違いだよ、ベルスレイア。ミスティは差別を無くすために言葉を交わして、行動して、貴族を変えた。君のように、身勝手な振る舞いで自己満足に浸るだけじゃないんだ」


 ミスティの言葉に続けて、サティウスが補足。

 そのあまりにも――愚かな言動に、ベルスレイアは溜息を吐きそうになる。


 客観的に見て、状況は明白。貴族達は――ベルスレイアを排除する為にサティウスとミスティに協力しているに過ぎない。

 獣人を専属侍女に持つ公爵令嬢。差別主義の国としては、醜聞が過ぎる。放置できる問題ではない。

 だがベルスレイアを説得することが不可能である以上、出来ることは唯一つ。ベルスレイアの存在自体の排除。


 その上で最も邪魔なのが、婚約という形での王族の後ろ盾である。これがある限り、ベルスレイアを排除することは出来ない。――王族を除いて。

 そんな折に、ミスティという都合の良い存在が降って湧いた。これを利用しない手は無かった。


 貴族達はミスティを、サティウスを焚き付けた。時には差別主義者として敵対。またある時には説得の末に理解を示した様子を演じる。

 そうやって、ミスティを都合よく動かせる立場を得た。サティウスに婚約破棄を促し、ベルスレイアを否定し、ミスティを持ち上げる。これを繰り返すことで、ようやくこの日を向かえることが出来た。


 そしてベルスレイアを排除した後は、ミスティもまた同様に何らかの手口で排除する。力が無く、後ろ盾も弱いミスティであれば、ベルスレイアよりも扱いやすい。

 公爵令嬢かつ何年も婚約者としての事実関係を積み上げてきたベルスレイア。これに対し、ミスティは男爵令嬢、しかも養子。元は庶民に過ぎない。そして婚約などここ数ヶ月の話。さらに言えば、ベルスレイアという破棄の実績がある状態での婚約である。その重みは、吹けば飛ぶ羽のようなもの。


 何より、当の本人にも力の差がある。特務騎士団の団長であり、ずば抜けた戦闘能力を持つベルスレイア。本人だけでなく、特務騎士団という軍事力も抱えている。

 一方でミスティは一介の学生。優秀でこそあるものの、騎士団ほどの戦闘力を持つわけではない。また、個人で持つ軍事力も無く、そういう意味では孤立している。

 最悪、ミスティであれば暗殺なり何なり、力技でどうとでも出来るのだ。


 だが――ミスティも、サティウスもこれに気付いていない。貴族達が本気で味方をしてくれていると信じている。

 冷静であれば、サティウスならば気付いたかもしれない。しかし、心理的要因により、盲目状態にある。事態に気付いた頃には、手遅れとなっているだろう。


 それら全ての事情をベルスレイアは察し――だからこそ、何も言わない。愚かなサティウス、浅はかなミスティ。二人がどう破滅しようが、利用されようが知ったことではない。

 むしろ、こうして間抜けな様を晒してくれるのは、愉快でいい。身を挺した娯楽の提供。

 あくまてもベルスレイアにとって、二人は単なる玩具に過ぎないのである。

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