婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 06
王宮に呼び出されたベルスレイア。最低限『計画』に関する修正を加え、白薔薇、黒薔薇に伝えた後。馬車に乗り、王宮へ向かった。
一人、ベルスレイアは城を歩く。本来であれば、案内役の侍女がベルスレイアを先導するはずである。だが、そうした遣いの者も誰一人として顔を見せない。
最初に謁見の間へと顔を出すよう、近衛騎士から伝言を受け取ったのみ。ベルスレイアは仕方なく、一人で王宮の中を歩く。謁見の間へと向かい、足を進める。
そして謁見の間に足を踏み入れ――予想外の事態に、目を見開く。
謁見の間には、国の重役たる貴族の面々が揃い踏みであった。侯爵家以上の貴族は皆居ると見ていい状況。ベルスレイアが特に嫌う男、大公家のカイウスの姿もあった。
そして、謁見の間の玉座には国王の姿。その前に立つのは、サティウス。近頃ベルスレイアが顔を合わせていなかったのもあり、随分と見た目が変わっていた。成長し、より男らしい体格と顔立ちになったサティウス。一瞬だけ、ベルスレイアはその顔から何者か判別がつかなかった。が、すぐにそれが成長したサティウスの顔だと理解できた。
錚々たる面々と言える。だが、そうした面子にベルスレイアが驚いたわけではない。何よりもベルスレイアを驚かせたのは――サティウスのすぐとなりに、ベルスレイアのよく知る顔があったからである。
いや。正確には――鈴本清美がよく知る顔、と言った方が良い。
「……主人公」
ベルスレイアは、誰にも聞こえないほど小さい声で呟く。
そう――サティウスの隣には、LTOというゲームにおける主人公の姿そのままの少女が立っていたのだ。
濃い茶髪を、現代日本ではよく見かけるようなボブカットに切り揃えた、これといって特徴の無い少女。顔立ちは比較的整っているが、素朴さを損なわない範疇である。
ベルスレイアも――LTOというゲームを前世では堪能していた為、よく見知った顔である。そもそも、鈴本清美であった頃の自分はむしろ、ベルスレイアではなく主人公であった。見知ったも何も、ある意味では自分自身と言っても良い。
そのような少女が、このタイミングで自分の前に姿を現した。
この時。ベルスレイアはようやく――自分が、そういえばゲームにおける悪役令嬢であったことを思い出した。
故に、今日この場で起こることについても。想像がついてしまった。
一度溜息を吐いて、ベルスレイアは気を取り直す。心構えをしていたというのに、何ということは無い。
王国はベルスレイアの逃亡計画を察したわけではなかったのだ。
ただ、偶然。今日この日に――ゲームの頃に何度も見た、あのイベントが重なっただけに過ぎない。
「……久しぶりだね、ベル」
最初に口を開いたのは、サティウスであった。文面こそ違うが、このシーンで最初に口を開いたのは、ゲームにおいてもサティウスであった。
「今日、君をここに呼んだのは他でもない。君に告げねばならないことがあるからだ」
「あらそう。この私を呼び立てて、一体何をしようというのかしら?」
ベルスレイアは、不遜な態度で言葉を返す。ゲームにおけるベルスレイアは、こんな言動はしない。ゲームの中のベルスレイアは――サティウスと敵対などしていないのだから。
ゲームでは、ベルスレイアは学園に通っていた。ゲームでは、ベルスレイアは主人公と同世代であった。
しかし、この世界でベルスレイアは学園に通っていない。主人公とも、外見からして年齢が違う。明らかに、主人公の側が年上である。
あまりにも、ゲームとは違う。にも関わらず――まるで運命のように、現実は一つに収束する。
「――今日、この日をもって。僕と君の婚約を、破棄させてもらう!」
サティウスの口から出た言葉は、予想の範囲内にも程があった。