婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 04
屋敷に朝帰りしたベルスレイア。事情をルルとシルフィアに説明した上で、私室に呼び出す。そして、ついにこの国――聖王国サンクトブルグを捨てる決断をしたことを伝える。
「――というわけで、もうこの国に居続ける必要は無くなったの。数日中には準備を済ませて、リズを連れて他の国へ渡ろうと思っているわ」
ベルスレイアの話を聞いて、神妙な顔をするシルフィア。
「……国を捨てる、ですか」
元々、シルフィアの近衛騎士団に所属していた。国に寄り添う側の存在である。故に、ベルスレイアについて国を捨てる、ということに若干の哀愁を感じていた。
だが、それも僅かなもの。耳を散々甘噛され調教されたシルフィアは、ベルスレイアに付き従い国を捨てる以外の選択肢を持てない。元来直情的な性格であるシルフィアは、欲望にもまた正直な節がある。
「いつかこんな日がくるかもしれない、とは思っていました。いよいよ、ベル様に全てを捧げる決断をする日が来たのですね」
「何を言っているのシルフィ。貴女の全ては最初から私のものよ」
元近衛騎士団としてのシルフィアの決意を、ベルスレイアは普段の調子で突っつく。変わらぬ主の態度に拍子抜けしつつも、安堵を覚えるシルフィア。
「――それもそうですね。初めてお会いした時から……あるいはもっと前、私が生まれた日から、ベル様にすべてを捧げる運命だったのかもしれません」
「かもしれない、ではないでしょう? それは、宿命よ。決まっていたことなの」
笑みを浮かべ、ベルスレイアはシルフィアの耳たぶをそっと撫でる。条件反射で、シルフィアの背筋にはゾクリと快感が走る。
「……はあ。公爵令嬢、次期王妃の専属侍女から没落貴族の付き人に転落かぁ。落ちぶれちゃうなぁ」
ルルが溜息を吐きながら言う。だが、言葉とは裏腹に、表情は楽しげである。
「あら。ルルはこの私の専属侍女なのよ? 王族なんかよりよほど高い身分よ?」
ベルスレイアも、微笑みを浮かべたまま言い返す。
「あー。まあ、そうだよね。ベル様は、そういう人だ」
うんうん、と頷くルル。
「まあ、ベル様のそういうところ、アタシは好き。だからこれからも宜しくね、ベル様?」
「ええ。貴女が逃げたいと言っても逃してあげないわ」
「あはは。そりゃあ光栄だ」
こうして、ルルもまたベルスレイアと共に国を捨てることへ同意した。
二人の意思も確認したところで、ベルスレイアは次の話に入る。
「……さて。国を捨てると言っても、やることはとても多いわ。それについて詳しく教えてあげる。そして――やるべきことを把握したら、二人には白薔薇と黒薔薇の指揮を任せるつもりよ」
言って、ベルスレイアはまずシルフィアに視線を向ける。
「シルフィアは、黒薔薇を」
そして、続いてルルに。
「ルルは白薔薇を指揮してちょうだい」
この言葉に、シルフィアは首を傾げる。
「指揮と言っても……黒薔薇は兵士です。国を捨てると言っても、国外へ出るだけのこと。何か必要なことでもあるのですか?」
「ええ、あるわ。それもたくさん」
ベルスレイアは言って、計画の全容について語りだす。
「さて。まず貴方達にお願いしたいことだけれど――」
そして、十数分ほどかけて、ベルスレイアは逃亡計画のおおまかな流れについて語り終える。全てを語った時、シルフィアは頭を抱え、ルルは楽しげな笑みを堪えきれずにいた。
「なんてことを……ベル様。本気でそこまでやるのですか?」
「ええ、やるわ。それぐらいしないと、この私に手間を掛けさせた罪に釣り合わないもの」
「ふふっ。なんっていうかさ。こんなにワクワクする夜逃げは他に無いね」
三者三様の表情で、逃亡計画についての話は続く――。
その日の午後に差し掛かった頃には、おおよそ計画についての細部も決まり、行動開始となった。
ベルスレイア・フラウローゼスが聖王国サンクトブルグを捨てるまで――あとわずか。