婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 03
朝日が差し込む。光に刺激され、リーゼロッテは瞼を開く。そして、自分がいつの間にか眠っていたことに気付く。
昨日は――そうです。ベルと一緒に、抱き締めあって、寄り添っていろいろなお話をしました。それで、気付いたら眠くなっていて――。
そこまで考えて、気付く。リーゼロッテのお腹に重量感。視線を送ると、そこにはベルスレイアの頭が乗っていた。仰向けで寝転がっていたリーゼロッテのお腹に、ベルスレイアはうつ伏せで眠っている。
そう、ベルスレイアが眠っているのだ。屋敷に帰ることも忘れて話に没頭した結果、こうして眠ってしまったのである。
あさから思わぬご褒美を貰った、とリーゼロッテは歓喜する。眠るベルスレイアの頭を撫でたり、頬をつついたり、寝顔を眺めたりして時間を過ごす。
そうしているうちに、ベルスレイアが目覚める。
「……うぅ、ん」
身動ぎし、顔を起こすベルスレイア。
「おはようございます、ベル」
リーゼロッテは、いつもどおりの優雅なベルスレイアの返事が来ることを期待した。
が、予想外の声が返ってくる。
「――えへへ、リズだぁ。おはよぉ」
ふにゃふにゃと、締りのない笑顔を浮かべるベルスレイア。その声色は甘ったるく締まりが無い。
そしてそのまま、二度寝でもするかのようにリーゼロッテに抱きついて、顔を伏せる。甘えるような仕草で頭を擦り付ける。
「んふふ~。リズ、だぁい好き……っ♪」
その――あまりにも、ふにゃふにゃとしたベルスレイアの有様に、リーゼロッテは混乱した。
「え?」
絶句。あらゆる感情が脳髄の奥深くから吹き出してくる。思考を掻き乱す感情の奔流に呑まれながらも、リーゼロッテはなんとか声を振り絞り、呟いた。
「うそ。なんですかこれ。無理、死んじゃう」
そして興奮のあまり、鼻から血が垂れる。
締りの無いベルスレイア――朝モードのふにゃふにゃベルスレイアを見て、リーゼロッテは未だかつて無い興奮を覚えていた。尊い。好き。いっぱい好き。抱きしめたい。食べちゃいたい。そういった言葉が浮き上がっては喉に詰まる。何を言っても、ふさわしくない。だから言葉が喉に支える。そして息苦しくなって、胸も締め付けられて、情念の強さのあまり痛みすら感じる。
そして、最終的に出てきた言葉が、先程の一言。『無理、死んじゃう』である。
――でも。とにかく落ち着きましょう。可愛すぎるベル……暫定でベルにゃんと呼びましょうか。ベルにゃんが可愛すぎて死ぬかと思いましたけど。でも幸いまだ生きていますので。これは、ベルにゃんを愛でる最高の好機じゃないでしょうか?
そんな事を考えつつ、リズはベルスレイアの耳たぶを指で弄ぶ。
「んみゅ。くすぐったいよぉ……」
いやいや、と首を左右に振るベルスレイア。その仕草に、リーゼロッテの鼻腔から溢れる赤い愛の液体は増大。ポタポタ、と垂れて床に血の染みを作る程である。
「あぁ、好きすぎます。無理、限界です。死んでいいですか? 尊すぎて耐えられません」
「だめぇ……」
「はぁ~、好き。結婚しましょう? 子供は何人ほしいですか?」
荒い息を漏らしながら、ベルスレイアの頭を撫でるリズ。興奮に導かれるまま口から溢れる言葉は、最早支離滅裂である。
だが、それもここまで。ベルスレイアの意識が、十分に覚醒する。目覚めのふにゃふにゃベルスレイアは鳴りを潜め、普段通りの鋭さが蘇る。
「……女同士で子供は作れないわよ、リズ」
そして、冷静なベルスレイアは指摘する。実は一連の仕草は寝ぼけているわけではなく、ただふにゃふにゃしていただけ。なので、ベルにゃん状態での会話は全て記憶にあるのだ。
「はい。でも、さっきのベルとの間になら作れる気がしました!」
名残惜しげな表情を浮かべながらも、ベルスレイアの指摘に応えるリズ。すっかりベルにゃんの虜である。
――その後はベルスレイアが朝モードの自分について軽く説明。そして予定に無い外泊をしてしまった為、急いで屋敷へと帰る。
別れ際、またすぐに迎えにくる。今度は、外に連れ出してあげるわ。と約束して、ベルスレイアは塔を後にした。