裏切りと拒絶 01
英美里による攻撃が開始してから、一年半の時が過ぎた。
高校三年生となった清美は、すっかり変わってしまった。
美しかった黒髪は、手入れをサボってボサボサに。前髪も伸ばし放題。ヘアピンで纏めなければ前もまともに見えない始末。
寝不足で顔つきも酷く崩れ、美少女の面影は皆無。まるで人形と言っても、かつてとは違い今は呪いの、とつける必要があるだろう。
それほど豹変した清美は、しかし能力こそ落としてはいなかった。
学校の成績、模試の順位は維持。スポーツも得意なまま。誰かを手助けしようとする、協力的な態度にも変わりない。
だが、噂が全てを覆した。
些細な手伝いを清美が申し出ても、誰もが断る。清美さんに悪いから、と拒絶する。助っ人の申し出も無くなった。清美が助けに入ろうか、と聞いても拒否される。
これが清美には理解できなかった。
どうしてみんな、私を裏切るの? そんな気持ちで、清美の胸の中は荒れに荒れた。
ストレスにより、清美は変わってしまう。寝不足が続き、身だしなみに無頓着になっていく。気力が落ちていった結果、何をするにもエネルギーが湧かない。そのため、清美の髪は荒れ、寝不足が続いたのだった。
そうして外見がひどくなり、美少女でなくなった清美から、クラスメイトは距離を置くようになった。
誰一人、味方は居ない。
幼馴染でさえ、頼りにならない。
清美を至高とする雪菜は苦言を呈する。
「ねえ、清美。最近さすがに……身だしなみを、もう少しきっちりした方がいいと思うのだけれど」
それは清美を信奉するが故の言葉であった。しかし、清美には不要な言葉であった。清美が求めていたのは近頃の懶さを諌める言葉ではない。自分の力を必要としてくれる存在であった。
薫もまた、清美を求めてくれはしない。
「ごめんね。私がもっと賢かったら、うまく噂を無かったことにしてあげるのに」
薫は清美を守ることを第一に考えていた。また、清美の隣という立場こそが薫の至上の喜びである。故に、今の状況は都合が良かった。周りは敵だらけ。清美の隣には自分がいる。居場所を奪われるリスクは低い。清美は自分を必要としてくれる。
歪んだ思いのせいで、薫もまた清美の本当の助けにはならなかった。
さらに言えば、美緒などは論外であった。
「最近、とっても英美里さんが優しくしてくれるんです。この間も、おしゃれなお洋服を売っているお店に連れて行ってくれて。見たこと無い世界が広がっていて、楽しかったなぁ」
元々、清美の信者にはなりきれていなかった美緒である。英美里の懐柔策に、あっさりと敗北した。清美の隣で得ていたはずの安心感が、今や英美里の隣にすり替わってしまっていた。
他にも教員や、親にも相談してみた。しかし、結果は芳しくなかった。
最近クラスメイトが仲良くしてくれない。だから困っている、と切り出した。教員は「鈴本の努力が足りないんじゃないか? 最近、随分だらしなく見えるぞ」と意味の無い説教を繰り出す。因果関係が逆であり、脳内に花畑を咲かせているような発想だった。
清美は内心だけで舌打ちしつつ、教員に頼ることは諦めた。笑顔を取り繕ってその場を逃れた。
両親にも同様の悩みを打ち明けた。が、両親は元から清美に興味を持っていなかった。
「他人に優しくあれ」
「自分の価値を証明してくれるのは他人だけだ」
「因果応報。良い行いは良い結果となって返ってくる」
そういった思想を清美に植え付けたのは、他ならぬ両親である。
結局――相談をしても「それでこれからどうするつもりかな?」と不毛な問答、仮定を繰り返し、清美の辿る空想上の道筋を示すのみであった。
当然、空想の上を歩けはしない。清美の助けになどなりはしなかった。
誰一人頼りにできない一年半。その間、清美の心は疲弊し続けた。
そんな中――清美はとあるゲームと出会うことで、心の支えを得た。
その名は『ラブ・トゥルーシア・オンライン』と呼ばれるVRゲームであった。