婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 02
「――ということなの。だから、もうすぐこの国から出ていくことになるわ」
ベルスレイアは、自分の考え、そして近況をリーゼロッテへと伝えた。
「ベルはどこかへ行ってしまうのですか?」
リーゼロッテは、不安げに言う。もう会えなくなるのか。と、別れを悲しんでいた。これを見て、ベルスレイアは慌ててフォローする。
「もちろん、その時はリズも連れて行くわ。だって、貴女は私の半身。私の一部。私がこの国を捨てる時は、貴女も共にこの国を捨てるのよ。そんなの、当然決まっていることじゃないの!」
ベルスレイアの言葉を受けた途端。リーゼロッテの表情がぱあっと明るくなる。ーーと言っても、それはベルスレイアの主観から下される評価に過ぎない。実際のリーゼロッテは表情に乏しい。そのため、胸の内に満ちる喜びも、ほとんど表情には現れていない。
だが、喜び震えているのは間違いない。
「まあ。なんて素敵なんでしょう。私、その時はきっと、本当にベルの一部になってしまうのだわ。ああ――嬉しすぎて、今にも身体が燃えて、星になってしまいそう!」
声は明るく、そして回りくどい言葉で想いを表現した。リーゼロッテが喜んでいる、と判断するには十分すぎる言葉である。
喜ぶリーゼロッテを愛しく想い、ベルスレイアは衝動的に抱きしめる。
「星になるなんて言わないで。貴女を夜空に奪われることを、悲劇と呼ばず何と呼ぶのかしら!」
「なら、どこにも消えることのないように、今すぐ私を連れて行ってくださいっ!」
演劇めいた言い回しで、二人は互いの胸に溢れる想いを伝え合う。
ベルスレイアは難しい顔をしながらも、可能な限りリーゼロッテの要求に応える。
「……今すぐには難しいわ。まだ、準備が出来ていないもの。でも、今日にでもすぐに準備に取り掛かるわ。そして、すぐにリズを迎えに来る。一緒に、外の世界に行きましょう?」
「はい……苦しいけれど、あと少しの我慢でいいんでしたら。私は、ベルに私の全てを任せます」
言って、リーゼロッテはベルスレイアの頬に口づけをする。
「――ふふっ。初めて会った日から、いくらか時間が過ぎましたけど。ベルも成長して、ずいぶん大人になりましたね」
そして、ベルスレイアの頭に手を置き、撫でる。
「身長も、もうすぐ追い抜かれちゃいます」
そう語るリーゼロッテは――二年前と、何ら変わりない姿である。身長も、顔立ちも、髪の長ささえも変化しない。金髪碧眼の天使は、ベルスレイアと出会った日のままの姿である。
まるで老いや成長と無縁と言えるその姿に、ベルスレイアは最初こそ疑問を抱いた。老けない。それが聖女という職業の力なのか。それとも幸運、不幸といったスキルの効果か。あるいは今までにリーゼロッテが協力してきた『実験』の影響なのか。
それもまた、ベルスレイアがこの二年の間に答えを求めた謎の一つである。当然、これも未解決問題。何故リーゼロッテは、髪すら伸びることの無いままなのか。
まあでも、リズがいつまでも可愛いままでいるんだもの。悪いことではないわね。と、ベルスレイアはこの問題に関してはさほど重要視していなかった。
「私の姿がどう変わろうと、想いは変わらないわ。リズ、貴女はいつまでも、永遠に私の半身。私の一部。私が所有する私の欠片」
言いながら、ベルスレイアはリーゼロッテに抱きつく。所有する、とは言いながらも。リーゼロッテの腕に収まるベルスレイアの姿は、むしろ所有される側のようにも見える。
そうした油断とも、甘えとも言える姿を見せるほど――ベルスレイアは、リーゼロッテを信頼していた。
「はい――私も、変わりません。貴女を、いつまでも、永遠に肯定し続けます。だって、貴女は私の全て。私の生きがいですから。……こうして、ベルに甘えて貰える時間を、私は無限に続けていたいぐらいに思っていますよ」
リーゼロッテもまた、ベルスレイアに全幅の信頼を置いていた。ベルスレイアという絶対の存在と共にあること。感じる安らぎや、慈しみの感情。世界中の幸福がそこに詰まっているかのような感覚を、リーゼロッテは抱いていた。
二人とも、そうした自分の感情を、うまく理解できないでいた。名前も付けられない、奇妙で、出処の分からない想いの奔流。
ただ――その流れに乗って、互いを尊ぶ。それが何よりも心地よいのだ、という事実だけははっきりと理解していた。
だから、二人は求め合う。
理由も、理解も伴わぬまま。