運命との邂逅 12
リーゼロッテを抱き締めたまま、考え込むベルスレイア。
転生、前世の記憶、不自然な能力の高さ。そしてフォルトゥナという不審な神。LTOというゲームとの相違点。この世界は――無邪気に振る舞うには、あまりにも不穏である。
もう前世のような失敗はしない。全てを疑い、支配する。その為には――知るべきことがある。
ベルスレイアはそう考え、改めて思う。やはり、出生の秘密を追うべきである。自分も、リーゼロッテも、同様にこの国の暗部に関係がある。であれば、出生の秘密を追うことは国の暗部を解き明かすことに繋がり――リーゼロッテという存在に関する不思議も自然と解き明かすことになるだろう。
それが必要だとは、あえて言わない。自分は全てに於いて最高であり、完璧である。故に謎の一つや二つにこだわることは……本来であれば、する必要が無い。
しかし、完璧だからこそ失敗を自分に許せない。前世のような惨めな最後は迎えたくない。自分を害する可能性は、徹底して排除したい。
――どうにも、ままならないものね。
ベルスレイアは、此の世の不条理に溜息を吐く。自分と、自分の認めたものを信頼しない。故に――自分を転生させた女神も、自分にとって都合が良すぎるこの世界も、自分自身の不自然な力も、突如習得した未知のスキルも信じない。
それは中々に、苦労を要する。だが、不用意に信頼して、足を掬われるわけにはいかない。そんなのは、前世で十分味わった。
クズ共に足を掬われるなど、もう懲り懲りであった。
「難しい顔をしてますね、ベル」
そんなベルスレイアの額に、リーゼロッテがキスをする。
「そんなベルも、愛していますよ」
思考の渦に呑まれ、執念、怨念とも言うべき悪感情を溢れさせていたベルスレイア。だが、リーゼロッテのキスで全てが霧散する。
まあ、細かいことはいいわ。どうせ、私ですもの。全部うまくやれるに決まっているわ。
――と、ある意味能天気な、そしてベルスレイアらしいとも言える結論に至り、思考を放棄。
そして自分も、リーゼロッテの額にキスをする。
「私も、リズが好きよ」
「まあ、嬉しい」
二人はどこまでも、互いを肯定する。互いを無条件に信じる。それをベルスレイアは、何かおかしい、私らしくないと思いながらも――まあ、これもアリね。と、受け入れてしまう。
リーゼロッテに関しては……リーゼロッテだけは、疑いたくない。疑おうという気持ちが一切湧かない。理屈でなく、本能的なものが、ベルスレイアを縛っていた。
だが、それでもいい。
リズだけは、絶対に私を裏切らないもの。
何故だか、そう確信していた。
――そして。
仲睦まじく絡み合う二人の姿を、監視する者が居た。
「――順調に、仲良しこよしをやっているみたいですね」
空中に、映像が浮かんでいた。まるで光景そのものを空間に貼り付けたように――ベルスレイアとリーゼロッテの密会が、そこに映し出されていた。
深夜の、森の中。蛍のような光の粒子が飛び交う場所。蔦の絡み合う椅子に座る、若草色の長髪が特徴的な美女。
女神フォルトゥナ。ベルスレイアを――鈴本清美をこの世界に導いた張本人である。
「上手く巡り合ってくれたようですし、中々望んだ通りに動いてくださって。本当に、助かりますねぇ。便利なお方です」
女神フォルトゥナは笑う。その笑みは、かつてベルスレイアと出会った時のような優しい笑顔ではない。
邪悪で卑しい、欲望に塗れた笑みである。
「ですがその分、王国の方々には早めに動いて頂かないと。こちらの準備不足で計画が滞るというのも、あまり気分がよくありませんし」
呟き、女神フォルトゥナは映像から視線を外す。それと同時に、空間に生み出されていた映像は途切れる。代わりに、女神フォルトゥナが視線を向けた方向に――黒い渦が生まれる。
「――さて、次の段階に進みましょうか、鈴本清美さん。……いえ、今はベルスレイア・フラウローゼス、でしたね」
そうして――女神フォルトゥナは、怪しい笑みを浮かべたまま黒い渦の中へと足を踏み入れる。
直後、渦は女神フォルトゥナの身体を包む。
渦が弱まり、晴れ上がった後には……何者も残っていなかった。