運命との邂逅 11
「――ということがあったのよ」
リーゼロッテの監禁される塔へ訪れたベルスレイア。話題に出したのは、その日の日中に起こった出来事。サティウスとの一幕である。
サティウスが獣人差別に肯定的であること。そして、ベルスレイアの所有物を冷遇せよと支持してきたこと。これを生意気だと感じたこと。
「ベルを否定する人がいるなんて。信じられないです」
リーゼロッテは、心底悲しそうな顔をした。
「ベルを否定することに、意味なんて無いのに。その全部が本当なのに、どうして否定する人がいるんでしょう。そんなの、自分の全てを否定するようなものなのに」
しかし、その理屈は壊れていた。根拠からして『ベルスレイアは絶対である』という盲信ありき。
だが、ベルスレイアにはそれで構わない。むしろ、根拠や理屈は不要である。自己の絶対性を信じるベルスレイアに、繊細な共感は必要ない。求めるのはただ、存在の一から十までの肯定。つまり、リーゼロッテの壊れた理論、理屈こそが最適解である。
「そうよね。私を否定するなんて不敬だわ。王族のくせに」
「全くです。ベルを知り、ベルに捧げる謙虚さが足りませんよね」
リーゼロッテの言葉に、ベルスレイアは機嫌を良くしていく。やっぱりリズは一味違うわね。と考える。そしてリーゼロッテを抱き締め、頭を撫でた。
実際のところ、リーゼロッテ以外にもベルスレイアには信者が居る。白薔薇、黒薔薇の面々がそうである。だが、彼女達はリーゼロッテとは少し異なる。ベルスレイアの信者でこそあるものの、そこには根拠がある。美しく、強く、素晴らしい主人。そうした至高の仕えるべき貴人である、というのが理由として存在する。
だが、リーゼロッテにはそれが無い。ベルスレイアがベルスレイアであるから、肯定する。強いて言えば、その根拠は己の日常を破壊してくれた人、という理由はある。だが、それはすなわちベルスレイアだから、と言っていることに他ならない。
壊してくれたから敬っているわけではない。普遍の日常を破壊する存在そのものを敬っているのだ。力そのもの、存在そのもの。あるいは運命、出会いといった出来事そのものを尊んでいる。
故に、リーゼロッテは根拠なくベルを肯定する。そこに存在すること自体が、肯定すべきことなのだから。
だからこそ、リーゼロッテは理解できない。ベルスレイアという存在を肯定しない、という人のことを。空気が震えるように、月が輝くように。ベルスレイアは尊いものである。それがリーゼロッテの思うベルスレイア。
ベルスレイアを疑うのは、月の輝きや大気の畝りを疑うようなものである。
そして――そこまでの無償の信頼があるからこそ、ベルスレイアもまたリーゼロッテを尊く思う。他の誰とも異なる、リーゼロッテにしか抱かない感情を抱く。
その感情に、名前をつけることはできない。どう呼べば良いのかも分からない。だが、ベルスレイアは確かに、リーゼロッテを尊んでいた。
「……はぁ。リズのお蔭で、ささくれた心が癒やされていくわ」
「まあ。ベルの為になれたなら、そんなに光栄なことは無いですね」
二人は互いを抱き寄せ、頬や額をすり合わせながら、甘えるような声を出してじゃれ合う。この時間を、ベルスレイアは何よりもの癒しとして尊んでいた。リズにこうして甘え、依存するような態度を取ることに、一種の喜びを感じていた。
――しかし、だからこそ懸念が残る。
リーゼロッテは何者なのか。なぜ、こんな場所に幽閉されているのか。なぜ、こんなにも自動的に好意が湧き上がるのか。
自分の出生の謎と同様に、奇妙に思っていた。