運命との邂逅 09
リーゼロッテとの逢瀬が始まり、二ヶ月ほどの月日が経過した。
ベルスレイアとリーゼロッテの関係は良好。また、日中に気がそぞろになることはほぼ無くなった。以前と同様に、ベルスレイアは所有物を等しく愛でるようになった。
日中は特務騎士団の団長としての書類仕事。そして黒薔薇との訓練。夜間になると各種スキルを活用し、隠密行動。自分の出生の秘密や、リーゼロッテについて調べる。
だが、未だに手がかりは見つからない。
王宮の深部を除いて、ほぼ全域を探った。ベルスレイアが自分の足で向かえるなら、どこでも探った。それこそ王都全体をベルスレイアは駆け回った。
黒ずくめの密偵の噂が貴族達の間で流れ始めた。しかし、それほどまで調べ続けても、何の手がかりも得られなかった。
あるいは、探す場所が悪いのかもしれない。と、ベルスレイアは勘付き始める。王都ではない、どこか遠い場所に秘密が隠されているのかも。
考えてみれば、その可能性は高い。ベルスレイアのような存在を――人間兵器を生み出す計画が存在したとすれば、それを王都でわざわざ実験する必要は無い。
また、リーゼロッテは監禁による人格の崩壊で、時間感覚が狂っている。時折実験に連れ出される、と言っても、その行き先が王都の中であるとは限らない。一日も一時間も、リーゼロッテにとっては等しく「少しのあいだ」に過ぎない。よってリーゼロッテの証言は、あまり当てにならない。実験の内容も「いろいろ」としか語ることが無い。情報源としては全く機能していない。
そうした進展の無い日々を過ごすうちに、久々のイベントがベルスレイアを待ち受けていた。
婚約者――サティウスとのお茶会である。
ベルスレイアが用意した中庭でのお茶会。これが、二人の定番であった。季節により異なる紅茶をベルスレイアが用意し、サティウスと二人で楽しむ。そして、他愛のない社交界の愚痴などを交わして談笑する。
普段通りであれば、それで終わりである。
だが、この日は違った。ベルスレイアの社交界デビューから数えて最初のお茶会。話題には事欠かない。良い意味でも、悪い意味でも。
最初こそは初の社交界についての感想をベルスレイアが語り、サティウスが聞く。それだけの何でもない話であった。
だが――話は自然と、回避しようも無く、あの日起こった出来事の方へと流れていく。
「そういえば、ベル。カイウスさんと一悶着あったそうだね」
今日の本題、とでも言いたげに。サティウスは、声を一つ低くして話を切り出した。
ベルスレイアは、表面を取り繕いながら答える。
「はい。私の専属侍女を獣人風情と言われたものですから、納得できなくて」
「そうか……ベルは、優しいんだね」
サティウスは微笑む。ベルスレイアを肯定するような発言をする。これだけなら、ベルスレイアは文句は言わない。何もするつもりは無かった。
だが、続くサティウスの発言が地雷であった。
「けど、獣人を庇うのは良い選択じゃない」
その言葉に、ぴくり、と反応するベルスレイア。反射的に殴り飛ばしてやろうかと動く身体を抑え込む。
「……それは、何故でしょう?」
そして、どうにか問いを口にする。上品で令嬢らしいベルスレイアの皮をより深く被る。
「いいかい、ベル。この国にも、歴史というものがある。人々が培ってきた価値観というのは、地層のようなものだよ。変えることは出来ない。少しずつ、新しいものを積み上げていくことでしか変えられない。そしてこの国は、もうずっと長いこと、獣人を冷遇するという価値観を積み上げ続けてきた。それを、急に変えることは出来ない」
サティウスの言うことは、道理としてベルスレイアにも納得できる。だが、だから何だと言うのか。――何故、この私の所有物が侮られなければならないのかしら?
不遜な態度を出しそうになり、ベルスレイアは唇を噛む。我慢だ。今はまだ、表立った行動には出られない。何しろ、何一つ秘密が明かされていないのだから。