運命との邂逅 07
ベルスレイアの様子がおかしい、と最初に気付いたのはルルであった。
日頃から行動を共にする専属侍女という立場の関係上、ルルはベルスレイアの些細な変化に気付く。何やら集中力を欠いており、常に気が散っている。心ここにあらず、といった様子。
何かあったの? と、疑問を抱くルル。すぐに直接訊いても良かったが、一時的なことなら不用意に関わるのもベルスレイアの気分を害するだろう。そう考え、様子を見ることにした。
その後数日をルルは観察していたが、限界だった。日に日にベルスレイアの意識が逸れていく。特務騎士団の書類仕事中でさえ、ぼうっとする時があるほどだった。
こうなれば、気付くのはルルだけではない。シルフィアはもちろん、白薔薇や黒薔薇の面々も異変に気付く。
そして、ルルに頼むのだ。どうにか、ベルスレイア様の御調子を乱す原因を突き止めて下さいませんか? と。
幾度となく同じような願いを屋敷のあちこちで受けて、ルルはようやく行動した。
「ねえベル様。最近、心ここにあらずって感じだけど。何かあったの?」
「へ? 私が?」
ベルスレイアは、ルルに訊かれて変な声を上げる。当人は、気が逸れているという意識すら無かった。それをルルに指摘され、困惑する。
こうなると、本人でも原因が分かっていないことになる。聞き出すのは困難を極めるだろう。だが、ルルはここで諦めたりはしない。
「最近さぁ、ベル様の様子がおかしいってみんな言ってるから。あたしも気付いてたけど、ベル様ならすぐに本調子に戻ってくれるって思ってたから待ってたのよ。でも、いつまで経っても集中力が散逸したまま」
「そう、なのかしら」
「そうなんだって。ほら、原因は何? 最近何かおかしなことは無かった?」
ルルに促されて、ベルスレイアは一つだけ思い至る。
「そういえば」
「そういえば?」
「運命の人に出会ったわ」
「はぁ?」
これは、もしかすると重症かもしれない。ルルはそう考えた。
詳しい話を聞く上で、自分ひとりでない方が心強い。そう考えたルルはシルフィアも呼んで、ベルスレイアから詳しい話を聞き出した。
始まりは、新しいスキルを駆使してスパイ紛いの行為をして楽しんでいたこと。そして王宮にあると噂される謎の尖塔に潜入したこと。その先で、リーゼロッテという少女と出会ったこと。
そこまで一気に話したら、あとはひたすらリーゼロッテの話だった。
延々とリーゼロッテについて話し、ベルスレイアは情報を共有する。その話が過度にリーゼロッテを褒め称える言葉に溢れていたことを除けば、ルルとシルフィアにとってもわかりやすい説明だった。
こうして、三人はリーゼロッテという存在について情報を共有した。
一通りの話が終わると、まずはシルフィアが口を開いた。
「あのですね、ベル様。まず、不法侵入はいけません。犯罪です」
お小言から入るシルフィア。だが、咎めるのが本題というわけではない。さらに話は続く。
「ですが――その、不遇でいらっしゃるリーゼロッテ様の心の支えとなっているなら、悪いことではないと思います」
言われて、ベルスレイアはなぜか懐かしく思う。そういえば、ここ最近は気もそぞろで、シルフィアの小言を聞き流していたように思う。毎晩のお仕置きの時間でも、シルフィアはどこか残念そうにしていた。
ここで、ベルスレイアは初めて気付く。自分がリーゼロッテに構うあまり、それ以外のものに無関心になりつつあったことに。
「あたしは、ベル様にとって新しく信頼できる人が出来たっていうなら、それは良いことだと思うよ」
ルルは、優しげな声で言う。ベルスレイアを肯定する。
だが、ベルスレイアは肯定されてもどこか居心地が悪いままであった。リーゼロッテを優遇するあまり、ルルやシルフィア、そして白薔薇や黒薔薇の面々を蔑ろにしていた。
自分で自分の所有物に優劣を付け、あまつさえ冷遇する。そんなこと、あってはならない。何故なら、自分の所有物は等しく自分に次いで尊い。貴賤なき所有物の間に格差があってはならない。
厳密にはお気に入りの度合いで待遇に違いはあるのだが。しかし、どれか一つに心酔し、他を蔑ろにするというのは――さながら、裏切りのような行いでもある。
「えっと、ベル様?」
シルフィアが、どこか様子のおかしい、焦燥するベルスレイアの顔を覗き込む。そんなシルフィアを、ベルスレイアは尊く思う。つい反射的に、その頭を抱きしめる。
「えっ? その、ベル様……?」
「ごめんなさい。最近の私は、あまり私らしくなかったようね」
そのまま、シルフィアの頭を撫でる。シルフィアは困惑しつつも、久々にベルスレイアから心の籠もった触れ合いを頂けて幸せだった。
「うふふ。それは、構いません。誰でも少し調子の出ない時はあるものです。最後にちゃんと私たちを大切にしてくださるのであれば、一時の瑣末事でベル様に不満を抱くことなど到底ありえません」
断言するシルフィア。ベルスレイアは、言われるほどに情けなく思う。これほど自分を信頼する所有物を、自分は蔑ろにしていた。なんて愚かなのだろう、と。
改めて、ベルスレイアは決意する。自分こそが一番。あらゆる何より、最も大切で尊いのは自分自身。だから所有物は等しく、自分自身に次いで愛するべきである、と。