専属侍女ルルとの出会い 19
ぽりぽり、と頭を掻きつつ。ルルはベルスレイアの目を見る。その本性について考える。
先程の言葉によると、ルルとベルスレイアは同類である。つまり、ベルスレイアも深い怒りを抱いていることになる。また、本性を取り繕う仮面を持っていることにもなる。
仮面の方は、貴族ベルスレイアとしての仮面がある。だが、怒りは何なのか。ベルスレイアを突き動かす、心に根ざす憤怒の原因はどこにあるのか。
そもそも、わずか十二歳の少女がそのような怒りを如何にして抱くのか。しかも貴族で、箱入り娘のご令嬢。ルルから見れば、羨ましい限りである。
ねばっこい、纏わりつくほどの怒りを抱くような人生は送っていないはずだ。
「……ねぇベル様。アンタが言う怒りってさ。何なのか、教えてくれない?」
ルルは、正直に訊いてしまうことにした。今なら、勢いで全て聞き出せるかもしれない。と、考えての質問である。
「単純よ。私、昔とてもひどい形で裏切られたの。その過程で、屈辱的なぐらい私という存在を侮られた。だから、私は裏切りが嫌い。侮られることも嫌い。どちらか一つでもやられたら、怒りで我を忘れそうになってしまうの」
ベルスレイアの言葉は真実である。かつて鈴本清美であった時の記憶。自分を裏切った女と追い込んだ女。三人の親友と一人の敵。命を落とすまでの数年間を思うと、今でもぎらつく思いが胸にこみ上げる。
自分でさえむせ返りそうな感情の波に、ベルスレイアは逆らえない。何しろ、他ならぬ自分自身の感情だ。自分を全てに優先するベルスレイアは、怒りさえ尊ぶ。それが自分を追い込み苦しめるものだとしても。
そんなベルスレイアを見て、ルルは息を飲む。まるで大人のようにくたびれた表情。それがベルスレイアの美貌に、深みを増す結果となっていた。
十二歳の少女とは思えぬ雰囲気に、ルルは飲まれた。
また――同時に、哀れみも感じていた。
ベルスレイアは孤独だ。ナルシストであるからこそ、元から他人を寄せ付けない。だというのに、貴重な友人にさえ裏切られ、人間不信に陥っている。
しかしながら、見るからに友人を欲している。心を許せる仲間を求めている。でなければ、燃えるような怒り、尽きぬ憎悪を懐き続けるのは不可能だ。
となると、ベルスレイアは矛盾した存在を求めていることになる。信頼のおける友人。しかしベルスレイアを侮らず、敬い、仰ぎ見る存在。それが果たして友人と呼べるかはともかく、ベルスレイアに必要なのは、そういう人間であった。
可哀想な人だ、とルルは感じた。自分を愛する異常者。だが自分一人では満足できない。故に願いは歪で、心の底から満たされることは無い。
きっと苦しいだろう。寂しいだろう。――ルルは優秀で、知能も高い。ベルスレイアの抱える問題を、容易に想像することが出来た。
だからこそ――ルルは、自然と思う。
私が、この人の願いを満たしてやれないだろうか、と。
信頼できる人物として。常にベルスレイアを恐れ、敬う者として。ベルスレイアの傍らに寄り添い、少しでも孤独を、怒りを、絶望や憎悪を和らげてやれないだろうか。
獣人のために怒ってくれる、優しき異常者の為に。
一度思い至ってしまえば、もう結論が出たも同然であった。ルルの中で、それは確定事項。
――私はベル様の専属侍女。だからベル様を敬う。そして私はベル様と同類。だから他の有象無象とは違う。ベル様に共感できる。共感してもらえる。共感はすなわち理解であり、理解は信頼につながる。つまり私は、ベル様にとって数少ない信頼の置ける相手。
次第に考えは纏まっていく。そして、ルルには何をすべきか、何が最善かが見えていた。
「――ベル様」
ルルは、ベルスレイアの眼の前で跪く。
「私は今日から、アンタの忠実な下僕になるよ。ホントの本心から、アンタに仕えたいって思う。他人を踏み台にする私じゃない。アンタと同類で、しかもメイドとして優秀な、ただのしがない獣人として、アンタの下僕になりたいんだ」
ルルは誠実に語る。誠実だからこそ、敬語で取り繕うことなく、自然体の口調で語る。
「だから――なんて言うかな。これからも、よろしくね、ベル様」
そしてルルは跪いたまま、顔を上げる。そしてベルスレイアに向けてウインクする。
ルルの思わぬ言動に、ベルスレイアは呆気に取られていた。だが、すぐに気を取り直す。不敵な笑みを浮かべ、自分らしい言葉で応える。
「当然よ。私はベルスレイア・フラウローゼス。此の世で最も尊き者。貴女を所有する主だもの。最初から、貴女は魂の奥底まで、私の下僕であったのよ」
ベルスレイアの返答は、ルルが期待したとおりのものだった。互いに笑みを浮かべ、向かい合ってくすくすと笑う。この日、この時になって、ようやくルルはベルスレイアを理解した。自分の主君として。そして何より、大切な友人として。
――この時、ベルスレイアにとってかけがえの無い無二の親友が生まれた。ある意味では、専属侍女ルルとの出会いの瞬間でもあった。