専属侍女ルルとの出会い 18
ベルスレイアは、私室に戻っていた。パーティーなど、最早どうでも良かった。見るからに獣人を――ベルスレイアの所有物を侮る愚か者の集まりなど、参加する価値も無かった。
そんなベルスレイアに付き従うルル。当然、私室にも付き添っていた。今はベルスレイアの為に、茶を淹れている。心を落ち着かせるための、香りの良いハーブティー。
「……ありがとう、ルル」
ベルスレイアは疲れた様子を隠さずに言う。漂うハーブティーの香りから、ルルの気遣いを察したのだ。
「いえ。これぐらいはさせてください。私のために、立場を悪くしてまで怒ってくださったのですから」
ルルは言う。本人すら考えもしないうちに、言葉が自然と出てきた。お蔭で、ルルは理解した。なるほど、私は感謝しているのね。私のために――獣人の為に怒る心を持った、この人に。
だが、そんなルルの感謝にベルスレイアは首を横に振る。
「感謝する必要は無いわ。あれは、私が私の為に怒ったの。この私の所有物を侮るから、それが許せなかっただけ。貴女の為ではないわ。――むしろ、迷惑だったでしょう?」
ベルスレイアの言葉に、ルルは首をかしげる。私が私のために、という言葉はまだ理解できた。要するに照れ隠しだ、と解釈した。だが、迷惑だったとはどういう意味か。
「何が、迷惑だったというのですか?」
「だって貴女、本当の目的は侍女なんかじゃないでしょう? 強い身分を手に入れ、差別主義者を黙らせる権力が欲しかった。違うかしら?」
「……っ!」
ベルスレイアの指摘は的中していた。
獣人であるルルでは、どれだけ功績を上げても貴族になることは出来ない。故に差別主義者を強権的に黙らせることは不可能。
そこで、成り上がるための道としてメイドを選んだ。貴族に仕え、出世していく。ゆくゆくは王族の末端にでも媚を売り、妾なり何なりにでもなればいい。大抵の権力者を黙らせることが可能な、圧倒的な権力を得られる。
故に、ルルにとってベルスレイアの専属侍女という身分は途中過程。踏み台に過ぎない。
それを、ベルスレイアには見抜かれていた。
「……いつ、お気付きになられたのですか?」
ルルは問う。するとベルスレイアは不敵に笑う。
「それが知りたかったら、まずは仮面を脱ぎなさい」
指摘に、ルルの心臓がどきりと跳ねる。
「貴女、本当は敬語なんて使う性分じゃないのでしょう? 時々、無理をしている匂いがするわ。それに、考えが顔に出てる。粗野な表情を浮かべてしまっては、口先をいくら丁寧に整えても見る人が見れば分かってしまうわ」
ベルスレイアの指摘は、いちいち的確であった。
確かに、ルルにとって敬語は必要だから習得した技術である。元は平民以下のしがない獣人。育った環境が悪かったせいもあり、貴族には受けの悪い口調が染み付いてしまっている。
だからこそ、ルルは敬語を使う。自分の本性、粗野で野蛮な貧乏人の気質を悟られぬように。
実際、この日この場でベルスレイアに指摘されるまで、誰にもバレたことは無かった。
だがベルスレイアにはお見通しの様子。これはもう、取り繕うだけ無駄。むしろ、ここでまだ自分を偽ろうものなら、ベルスレイアから不信を買う羽目にもなるだろう。
「――ちっ、分かったよ。口が悪いからって、怒んないでよね? 私だって、好きで口の悪い女に育ったわけじゃないんだから」
ルルは敬語をやめた。友人にでも話すような、気軽な調子でベルスレイアと向かい合う。当然、これを望んだベルスレイアは怒るはずもない。満足げに笑みを浮かべ、頷く。
「それでいいのよ、ルル。私は別に、舌先三寸を褒めも誹りもしないわ」
言って、ルルの態度に文句を付けないことを保証する。
「――で、どうして私が出世狙いでベル様に取り入ろうとしてたって気づいたわけ?」
「簡単な話よ。貴女、私と同じ匂いがしたもの。抽象的で、巨大で、根深い怒り。そして自らを偽る仮面。両方抱えた獣人族の考えぐらい、予想するのは容易いわ」
ベルスレイアの答えに、ルルはようやく納得する。
恐らく、ベルスレイアはルルと同類。何かに強い怒りを覚え、忘れられないでいる。そんな怒りを包み隠すように、人当たりの良い仮面を被る。
やっていることが同じであれば、気づくのもその分容易い。
そしてベルスレイアが言った通り、目的の推測は難しくない。深い怒りと獣人という種族。そして一連の行動をあわせて考えれば、自然と一つの可能性に行き当たる。
ということは――最初から、ベルスレイアはルルに踏み台にされるつもりでいたということにもなる。
「はぁ~。なんだかなぁ。ベル様ってさ、ほんとよく分かんない。ナルシストのくせして、私みたいなクソ生意気なメイドをよく雇う気になったよね?」
「ふふっ。生意気な方が可愛げがあっていいわ。それに、言ったでしょう? 私は貴女から、同類の匂いを感じたの。身近に置いておく専属侍女ですもの。同類であったほうが、仲良くやっていけそうでしょう?」
「ふーん。まぁ、理屈は分かるけどね。だからって限度があるでしょ。タメ口聞いてもお咎め無し。獣人の為に、大公家当主を相手にブチギレる。普通じゃないよ、アンタはさ」
「この私が普通なわけないでしょう?」
ベルスレイアはブレない。そして確かに、とルルも納得してしまう。思えば最初からおかしかった。黒薔薇の迎えが来たときからずっと。それを思えば、ベルスレイアが普通である方がおかしいとも言える。
ちぐはぐな話に、ルルは頭を掻く。
「あぁ、ややこしいな、もう」
何故か楽しげな表情で、そう呟くルルであった。