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専属侍女ルルとの出会い 15




「――ベル様。今、お時間はありますか?」

 コンコン、と私室の扉をノックする音。続いて響いた声は、シルフィアのもの。


「入りなさい、シルフィ」

 ベルスレイアは許可を出した。シルフィアは扉を開け、私室に入る。

 こんな時間に、何の用事? と、ルルは訝しみつつ二人を交互に見る。


「ベル様。あの、昨日の分もまとめてお願いします」

「そうね。昨日はいろいろあって、忘れていたものね」

 二人は、ルルには分からぬ会話を交わした。

「……お二人は、何か今からご用件でも?」


 ルルは問う。すると、シルフィアは恥ずかしげに視線を逸らす。頬を赤く染め、もじもじと身じろぎする。

 一方で、ベルスレイアは楽しげに、怪しい笑みを浮かべる。対照的な二人の様子に、なおさらルルは訝しむ。何があれば、こんな態度になるのか。それが、想像も出来なかった。


 実際、これから行われるのは非常識極まる行為である。

「そうね。ルルにも見てもらいましょう。私たち、この屋敷で一緒に生活するんですもの。共同生活する仲間――いえ、家族には全てをさらけ出すものよ。そうでしょう、シルフィ?」

「はい……ベル様が言うなら、私は従います」

 顔をさらに赤く染めながら、シルフィアは頷く。


 ルルはわけが分からなかった。だが、ルルに何の説明もしないまま、ベルスレイアはシルフィアと話を進めていく。

「で、昨日と今日。合わせていくつかしら?」

「七回です」

 何かの数を、二人は確認した。ルルはその数から何か連想できないか、と思考する。もちろん、答えなど出るはずもない。


「……シルフィ? 私の認識だと、三回だったと思うのだけれど」

「いいえ。私は確かに七回粗相をしました。なので、おしおきも七回分です」

「そう。ふふっ、そんなにおしおきが楽しみなのかしら?」

「いっ、いえ! 別にお仕置きしてほしかったというわけでは!」

「ごまかさなくていいのよ、シルフィ。貴女は私の大切な所有物。自分を曝け出していいの。私にも、同じく所有物であるルルに対してもね」


 二人の会話は、ルルを置き去りにしたまま進んでいく。話が進むほどに、シルフィアの表情が緩んでいく。瞳は熱っぽく潤む。エルフの長耳が赤く染まり、期待するようにピクピクと震える。

「……私のような真面目一辺倒でつまらない人間にも、どうかお慈悲を下さい。ごほうびを――ではなく、おしおきをしてください。私は、ベル様に罰を貰う時こそ、自分が自分であると確信できるのです。どんな時より、私が私を認め、幸せになれるのです」


 シルフィアは、自分の想いを告げる。その意味こそルルは理解できなかったが、どこか異様な雰囲気は感じ取ることができた。

 ――常識人だと思っていたけど。もしかして、こいつもどこかおかしいの?

 ルルは不安に駆られる。まさかこの屋敷には、自分の味方など一人も居ないのではないか。そんな恐怖が湧き上がる。


 残念なことに、ルルの予感は的中する。

「正直に言えて偉いわ、シルフィ。素直な玩具には、ちゃんとご褒美をあげないと、ね?」

 言って、ベルスレイアはシルフィアに近寄る。その身体を抱き寄せる。シルフィアは自然にしゃがみ、その右耳を差し出すように頭を傾ける。


「じゃあ、七回だから、今日は七十秒ね」


 言って――ベルスレイアは、シルフィアの耳に噛み付いた。

「んっ――♪」

 シルフィアの口から、喜色に染まった声が漏れる。


 その光景を、ルルは唖然とした表情で眺める。

 そして、脳内で状況を整理する。おしおき。七回。粗相。その他諸々の情報を頭の中で整理する。

 そして答えを導き出した。これは、シルフィアに対するお仕置きである、と。粗相をしたシルフィアに、ベルスレイアは耳を噛むというお仕置きを施している。それも、恐らく恒常的に。

 しかも、シルフィア自身がお仕置きを望んでいる。自ら粗相の回数を水増しするほど。証拠として、シルフィアは今も耳を噛まれながら、嬉しそうに頬を赤らめ、喘いでいる。


 それらの答えから、ある事実が浮かび上がる。

 シルフィア・ロンドウェイは変態である。常識人などではない。


 それに気づいた瞬間、ルルは白けてしまった。この屋敷にまともなやつは居ない。味方は居ない。孤独である。そう考えると、あまりにも目の前の光景が馬鹿馬鹿しく見えた。

 異常者の群れに一人放り込まれたのだ。いちいち、起こる全ての出来事に感情移入しても仕方ない。

 そうしたことを直感し、ルルの心は白けるという選択を無意識に選んだ。自らの心理的優位性を守る為、シルフィアという変態を見下し、ベルスレイアという異常者に呆れる道を選んだ。


「あっ、んぅ――んっ! ベル様、素敵です。最高です。もっと、私にご褒美を下さいっ♪」

 変態極まった言葉を漏らすシルフィア。表面的には常識人であるせいで、この場での変態性が余計に強調される。白薔薇よりも遥かにとち狂った、捻じ曲がった信者である。

 見れば見るほど、ルルの中でシルフィアの評価が下がっていく。こいつは変態。というか家畜ね。豚よ、豚。エルフらしく色白だし、白豚なんて呼ぶのがお似合いじゃない? と、胸中で罵倒の言葉を積み重ねていく。


 けれど、口にはしない。なぜなら、ルルはわきまえている。自分が専属侍女であることを。シルフィアが、ベルスレイアのお気に入りであるということも。故に、ここでシルフィアを罵倒するのは危険。ベルスレイアの顔に泥を塗る行為になりかねない。そう気づいているから、黙ってシルフィアの痴態を眺める。



 その後、シルフィアはきっちり七十秒間のお仕置きを受けた。満足げな顔をして部屋を出ていくシルフィアを、ルルはお辞儀して見送る。侍女である以上、シルフィアにも礼儀を尽くさねばならない。

 こんな屈辱的なことがあるか? と、ルルは心底思った。

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