専属侍女ルルとの出会い 12
ベルスレイアは楽しげに。ルルとシルフィアは苦しげに対峙する。ただ、どちらもこの勝負をどう運び、どう終わらせようかと考えているのに違いは無い。
――だが、数秒の沈黙の後、ベルスレイアが顔を顰める。
「……チッ。役立たずのクズめ」
言って、打槍を自らの収納魔法で片付けてしまう。
「邪魔が入りそうだから、今日の手合わせはここまでね」
そして残念そうに宣言。呆気なく、何らかの外的要因で勝負が終わったことにルルとシルフィアは白ける。
「変身を解いておきなさい、ルル」
ベルスレイアの忠告が飛ぶ。ルルは事情が分からずとも、言われるがままに変身を解く。妖狐の姿は消失し、元のルル・アプリコットの姿がその場に残る。
何があったのか。そう質問が出る前に、声が響いた。
「――おお、ここにいたのかい」
この屋敷で現在唯一の男性である、ルーデウス・フラウローゼスの声だった。
嫌そうな顔をしながら、ベルスレイアが声のする方を向く。それに合わせ、シルフィア、ルル、そして黒薔薇の面々も同じ方を向く。
そこには笑みを浮かべたルーデウスが立っていた。
「どうかな、ルル君。この屋敷には慣れたかな?」
「ええ、ベル様のお蔭で」
他愛の無い話から切り出したルーデウス。ルルも、他愛の無い返事で応える。
「ベルが伝え忘れているかもしれないと思い、教えておこうと思ってね。実は、ベルの十二歳の誕生日を祝うパーティーが明後日に控えているんだ」
「……は? 明後日ですか?」
ルーデウスの言葉に、ルルは一瞬だけ絶句。そして数秒後、なんとか繰り返すような質問を返す。
「ああ。実は、専属侍女を探すのに難航していたのもあってね。誕生パーティーに間に合いそうもないという状態だったんだよ。それが二日前になって、ようやく見つかったと来た。私としても、君には大いに期待しているんだよ」
ルーデウスの発言から、衝撃の事実が次々と判明する。
ベルスレイアが十二歳――つまり社交界デビューの歳になっていること。そのデビューとして通常行われる誕生パーティーが明後日であること。そして、自分が専属侍女である以上、そのパーティーにベルスレイアの専属侍女として参加せねばならないこと。
ルルの予想を遥かに越える、急展開であった。
「ルーデウス。勝手にネタバラシをするのはやめてちょうだい。せっかくサプライズとして明日にでも教えてやろうとしていたのに」
そして、ベルスレイアからさらなる衝撃発言。この悪魔のような令嬢は、分かっていてルルにこの事実を秘密にしていたのである。
この時、二人の人間が顔を青くした。一人はルーデウス。ベルスレイアの機嫌を損ねてしまった為。そしてもう一人はルル。準備期間わずか一日で、誕生パーティー当日の仕事を確認し、覚え、完璧に仕上げなければならない為。
「――さて、ルル。事情は分かったかしら?」
「はい、存分に」
気疲れを顔に出さないよう努めながら、ルルはベルスレイアの問いに頷く。
「では、これからが貴女の専属侍女としての腕前の見せ所よ。私を納得させるだけの、素晴らしい仕事をしてみせなさい」
無茶とも言えるベルスレイアの要求。だが、不可能とは口が避けても言えない。ルルから見て、ベルスレイアは気まぐれな暴君である。この急な仕事は、ベルスレイアがルルを試しているとも考えられる。つまり、満足行かなければ最悪の場合、クビ。メイドを辞め、社会の底辺に出戻りである。
と、ルルは緊張しているが、実はそれほど恐れる必要は無い。ベルスレイアにとってこれは余興に過ぎない。ことの成否でルルを責めることはありえない。失敗があるとしたら、それはあらゆる要素を見定め、見抜くことの出来なかった自分の責である。と、いうのがベルスレイアの考え方だ。
つまり、ルルの失敗は所有者であるベルスレイアの失敗。よってルルが失敗をしても、ベルスレイアが怒るとすれば、それは自分自身に対してのみである。
そもそも、ベルスレイアは失敗などありえないと考えている。白薔薇の中でも優秀な者であれば、一日あれば式次第や参加者の名前、その政治的背景までほぼ把握可能である。それ以上と期待されるルルが不可能であるはずがない。というのが、ベルスレイアの判断である。
無論、可能か不可能かは別にして、当人からすればはた迷惑な話である。故にルルは、頭を抱えて悩む。一日でどれだけのことができるか。何を優先するべきか。まだ情報も何も無い現段階から、既に思考を巡らせている。
「……ひとまず、明後日のことについて詳しい方からお話を聞かせてください」
ルルは、なんとかその一言を絞り出した。
本日の投稿は少し遅くなってしまいました。申し訳ありません。