専属侍女ルルとの出会い 11
迂闊に近づくのは危険だ、とルルは判断した。
ベルスレイアの打槍は一撃必殺の破壊力を持つ。そして、ベルスレイア自身の技量が一撃必中の精度を見せる。すなわち、策もなく突撃すれば返り討ち。先程の二人がかりでの連携でさえ、反撃を喰らいかねない状況であった。一人で飛び出しても無力。それを理解し、その場から動けないルル。
だが、その選択は良くなかった。
正確には――距離を置いたからと言って、足を止めて冷静にものを考える余裕は無かった。
「逃げてください!」
シルフィアの掛け声が飛ぶ。
理由は分からなかったが、ルルはその場を飛び退く。同時にベルスレイアへと視線を向ける。打槍を構え、ルルの方へと切っ先を向けていた。
次の瞬間――ガシュウッ! と轟音を立て、壊鉛の杭が高速で射出された。
杭は飛び退いたルルの立っていた場所を正確に射抜き、轟音を立てて地に突き刺さる。これを見て、ルルは冷や汗をかいた。この威力の杭が直撃すれば、大怪我は免れない。当たりどころが悪ければ、死もありうる。
模擬戦闘で出して良い破壊力を逸脱していた。
なお、ベルスレイアは当てるつもりは無かった。正確には、当たるとは考えていなかった。シルフィアの呼びかけが無くとも、ルルならば打槍を掲げた時点で警戒し、ギリギリで回避しただろう。そう考えたからこそ、威力を加減しなかった。
そして攻撃の余波で体勢を崩したルルに迫り、締めの一撃。それがベルスレイアのプランであった。
が、そこでシルフィアの呼びかけの効果があった。ルルが余裕を持って攻撃を回避したため、詰将棋が実現不可能となった。
そして反対に、好機でもあるとルルは考えた。ベルスレイアの予想に反し、ルルは余裕を持って攻撃を回避した。これはつまり、ルルに反撃のチャンスがあるという意味でもある。また、ベルスレイアの打槍は杭を射出した。つまり、今は頑丈な篭手に過ぎない。
判断をすると、ルルは素早くベルの方へと駆けていく。
「いけません!」
だが、またシルフィアの警告。ルルはだが、今度は止まることが出来なかった。爪を振り上げ、ベルスレイアへと襲いかかる。
そして――目の当たりにする。眼の前で、打槍に新たな杭が装着される瞬間を。まるで闇の煙のようなものが収束し、杭の形となる。次の瞬間に闇は晴れ、壊鉛の杭が姿を現した。
振り上げた爪はもう止まらない。その段階になって、一瞬でベルスレイアは装備を整えた。
ごきゃっ、と金属音が響く。ルルの爪はベルスレイアの打槍が受け流した。そのまま流れるような動作で、打槍を突き出す。烝魔素機関が、がしょんと音を立てて可動。高エネルギーを内部にチャージし、突き出しと同時に開放。ガシュッ! という快音と共に杭が加速。
その先端が、ルルの左肩に直撃する。
「ごはっ!」
衝撃と痛みに息を吐きつつ、ルルは吹き飛ぶ。尋常じゃない威力の一撃。だが、まだ戦闘不能ではない。ベルスレイアの手加減が過剰に働いた為、右前足の戦闘不能だけで済んだ。
とは言え、ルルの身体は現在妖狐の姿である。右前足の負傷は機動力にも大きく影響する。楽観できるほど軽い負傷でもない。
「あら、思ったよりも頑丈なのね。次はもう少し力を入れてもいいかしら」
そんなルルをよそに、ベルスレイアは呑気に言う。ジャムの瓶の蓋を開ける時のような、気軽な口調。つまり、それだけ軽い一撃だったということ。これに、ルルは苦笑いを浮かべてしまう。
「ベル様、何なのですか。貴女の打槍は」
理不尽なベルスレイアという存在への諸々の鬱憤をまとめ、ルルはそんな一言を吐く。
「これ? 私のお手製。私、魔導器弄りも趣味なの。お蔭で打槍ぐらいの簡単な魔導器なら自作できるわ。さっきの杭を射出する機構も、私が自分で追加したのよ?」
楽しそうに説明するベルスレイア。だが、ルルは恐ろしい思いで溢れていた。
――まださっきの射出みたいな手品があるってわけ? 最悪!
そんなことを考え、苦味に耐えるかのように歯を食いしばる。
「私は収納魔法が使えるから、杭はいつでも自由自在に付け替え放題。お蔭で射出しても次弾装填は一瞬。杭の種類を変えたいときも一瞬。パイルバンカーを一瞬でドリルバンカーに変えるのもわけないってことよ」
どりるばんかー、という言葉はルルには理解できなかった。だが、ベルスレイアの口ぶりから、杭の射出に似た装備だというのが理解できた。
実際、ドリルバンカーとは打槍の杭を長いドリルに変えただけのものである。これを可動させるためだけに、ベルスレイアの打槍には杭部分を高速回転させる烝魔素機関を持っている。
自らのロマン、こだわりに余念は無いベルスレイア。ドリルバンカーだけではなく、他にも無数の形状の杭、そして打槍の射出機構を搭載してある。
次は、どれを使って驚かせてあげようかしら?
ベルスレイアは、そんな悪戯っぽいことを考える。
本日の投稿分から、投稿時刻を午後6時からに変更します。