表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/180

専属侍女ルルとの出会い 06




 稽古、という名目でベルスレイアの暇つぶしが行われることとなった。

 こうした事態はそう珍しくもなく、シルフィアも慣れたものであった。

「全員、武器を取って!」

 黒薔薇に呼びかけるシルフィア。これに応じ、一同がそれぞれ得意な獲物を手にする。


 ベルスレイアの稽古は、いつも一対多。ベルスレイアを黒薔薇が囲み、実戦形式の立合いを行う。

 無論、これでもベルスレイアが全力を出せばまるで相手にもならない。ステータスが違いすぎる為である。そこでベルスレイアは、運動能力をシルフィアと同程度まで制限する。こうすることで、黒薔薇の面々もある程度は渡り合える程度になる。


 やがて準備は完了。ベルスレイアを黒薔薇の面々が囲む。そしてベルスレイアは不敵に笑み、てを天に翳す。

「ルルが見ているんですもの。今日は特別に、私の得意な獲物で戦ってあげるわ」

 そう言って、ベルスレイアは収納魔法を発動。異空間に保存されていた、ベルスレイアの武器が出現する。

 闇の煙のようなものが腕に纏わりつく。それは一瞬で晴れ、後には無骨なデザインの打槍があった。


 ベルスレイアが得意とする武器、打槍。金属の杭を、烝魔素機関で圧縮したエネルギーで打ち出す魔導器。

 腕を二回りも大きく見せる機械式の篭手から、鈍色の杭が生える。烝魔素機関が可動する時、この篭手もまた可動し、ガシャンガシャンと音を立てる。前後に駆動するシリンダーの動きに連動し、内部で魔素が圧縮されるのである。

 この重厚なデザインが好きだからこそ、ベルスレイアは打槍を使う。


「ベル様は、打槍を使うのですか?」

 思わぬ武器の選択に、ルルが声を上げる。これに回答したのは、隣に立つシルフィアであった。

「はい。ベル様は、剣や格闘術も嗜まれています。ですが、それはあくまでも補助的な技術に過ぎません。ベル様が最も得意とする武器こそ打槍。あれを使われると、運動能力を互角に制限していただいても、私が歯も立たないほどになります」

 苦笑いしつつ、シルフィアは語った。


 打槍とは篭手型の機関部分と、伸びる鉄製の杭の二箇所で構成されている。篭手の取り回しは格闘術。そして伸びる杭の取り回しは剣術に通ずるものがある。

 元々、ベルスレイアが剣術や格闘術を嗜んだのは、打槍の取り回しの参考にする為である。そして現在、ベルスレイアは剣術についてシルフィアから学び、新たな知識と技術を得た。これを活かし、打槍の扱いもまた上達している。

 結果、技術的にはシルフィアの剣と相対して互角以上の立ち回りが可能となっている。


「まあ、見れば分かりますよ。ルル殿も、貴族が打槍なんて、とお思いでしょうけれど。しかし戦う姿を知れば、ベル様には打槍こそ相応しいということが理解できますよ」

 シルフィアはそう言って、ベルスレイアの方へと向き直る。

「では――試合開始ッ!」


 シルフィアの号令と共に、黒薔薇達が動く。真っ先に突撃したのは槍兵。ベルスレイアを囲むようにして複数の槍が突き出される。

 これに、冷静に対処するベルスレイア。身を屈め、槍の一つを篭手で弾きながら懐に潜り込む。そのまま間合いの内側で、拳を突き出しつつ、打槍を撃つ。

 ドシュウッ、と重い発射音が響く。打槍は槍の使い手の腹に直撃する。打槍特有の高い威力を受け、そのまま吹き飛ぶ。一撃で戦闘不能となった。


「――このように、ベル様は打槍の無骨で大きな篭手の部分で相手の攻撃をいなし、懐に入り込んで一撃を加えるのがお上手なんです。恐らく、目がとても良いんでしょうね。避ける、あるいは受け流す最適解を一瞬で選び、頑丈な篭手で確実に守る。そして守りは同時に、打槍からのカウンターに繋がります。攻防が一連の動作として繋がっているので、盾と剣を別々に構えるより遥かに早い連携になります」

 シルフィアは、隣で呆然と試合を眺めるルルに向けて解説する。それは善意であり、またベルスレイアという主人を自慢するという心理も働いていた。


 一方でルルは、目の前の光景が信じられずにいた。単なる貴族の令嬢と思っていたベルスレイアの、思わぬ実力。黒薔薇は騎士であり、誰もが実力者である。その攻撃を確実にいなし、一人につき一撃で順に屠っていく。その様はさながら闘神。あるいは、悪魔。

 打槍を繊細に、しかし豪胆に扱う美しき令嬢。その矛盾する様相に、不思議と一体感があった。

 なるほど、確かに。とルルは思う。ベル様には、打槍が似合うわね。と、先程のシルフィアの言葉の意味を理解する。


 そして一分と少しほどの時間を経て。ベルスレイアは黒薔薇の面々を一人残らず打槍で沈黙させた。完全勝利である。

 無数の攻撃を受け流した打槍は、僅かな傷こそ見えるものの、歪みなどは見られない。稼働にも問題はなく、今もガシャン、と烝魔素機関が稼働し、白い煙を吐き出したところである。

 打槍という武器は構造上、極めて頑丈でなければならない。圧縮した烝魔素のエネルギーに耐える為である。そのため、武器での打ち合いを受け流した程度で壊れることは無い。

 また、ベルスレイアには血の魔眼という優れた目があり、技術も優れている。打槍に負担がかからぬ立ち回りにも難は無い。


「……ちょっと焦ったわ。前よりずっと上手くなってるじゃない、この子たち」

 圧勝しておきながら、ベルスレイアは黒薔薇を褒める。それは世辞ではなく、実際にベルスレイアが感じたからこそ出てくる言葉である。

 ベルスレイアが下らない世辞は言わないことは知っている。そのため、黒薔薇は皆、倒されていながらも顔を喜色に染める。敬愛するベルスレイアにその鍛錬の成果を認めてもらったのだ。だらしなく敗北した後であっても、こんなに喜ばしいことは無い。悔しがるような者は一人も居なかった。


 こうして、努力や成果をベルスレイアは正当に評価する。虚構を嫌い、質実剛健を好むベルスレイアにとっては当然の行為。実力主義を徹底する以上、評価は正当に行わなければならない。前世の清美であった頃から変わらぬ、ベルスレイアの妙な誠実さの現れである。

 だからこそ、こうして下の者の努力に気付き、しっかりと認める。

 そして、正当な評価が出来るからこそ、信者達に慕われている部分もあったりする。

 要するにベルスレイアとは、誠実な悪魔なのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ