専属侍女ルルとの出会い 03
ルル・アプリコットは困惑していた。
ある日突然、装備を整えた女性が数名屋敷へ訪問してきた。そして突如、ルルを指名して連れて行くと言い出す。
女性達は王家直属の特務部隊『黒薔薇』を名乗り、そのまま男爵家当主と面会。何を話したかまではルルには分からなかった。が、その後当主は笑顔でルルを見送ることとなった。
事態が分からぬまま、ルルは馬車に揺られ運ばれていく。そして状況について、馬車に同席する黒薔薇の一人に質問した。
結果、自分が公爵令嬢の専属侍女に選ばれたということが分かった。応募した覚えは無かった。が、以前から同僚の一人が、ルルにはより格上の職場で働いて欲しいという話をしていたことを思い出す。
恐らくは、その同僚が勝手に応募した結果なのだろう。そう、ルルは解釈した。
覚えの無いこととはいえ、ルルにとっては好都合であった。より高い身分を得るのはルルの人生の目標である。そのために好きでもない貴族に取り入り、媚を売り、メイド長にまでなった。
公爵令嬢で、第一王子の婚約者。そんな人物の専属侍女ともなれば、末端の木っ端貴族よりもよほど高い身分が得られたと言える。大躍進である。
ならば可能な限り、その公爵令嬢に気に入ってもらおう。それがルルの当面の目標であった。そこで、まずは公爵令嬢の人物像について尋ね調べる。
黒薔薇の女性は、問われた途端朗々と語りだした。
ベルスレイア様は最高である。至高の存在であり、疑うことは許されない。ベルスレイア様に所有され、利用されること以上に栄誉なことはない。
頭がおかしいのか。そうルルは思った。ベルスレイアという存在を、まるで女神か何かのように崇拝する。正気の沙汰ではない。
やがて馬車に同席する騎士が入れ替わる。ルルは再びベルスレイアについて尋ねた。
結果は同じ。狂信者としか思えない回答を得るのみであった。
ただ尊敬されるだけの人間は善人だろう。しかし、狂信者を生むような人間は善人だろうか? それも、騎士を何人も狂信者に変えるほどともなれば。
ルルはこの時点で、既に身の危険を感じ取っていた。
だが認識はまだ甘かった。ベルスレイアを、特殊なカリスマの持ち主か、人を洗脳する悪党かのどちらかだと踏んでいた。上手く媚び、取り入ればいい。そう考えていた。
実際、ルルの仕えていた主人、男爵家当主も小悪党であった。小銭稼ぎの為、奴隷商や違法薬物の商人と繋がっていた。そして悪事を経て得た金で、自分を大きく見せるのが好きな男であった。
そんな男に仕えていたのだ。とにかく望む通りに褒め、失敗や欠点をフォローし、陰ながらに支えるのは慣れたもの。よって、ルルはベルスレイアの専属侍女となることに何の不安も抱いていなかった。
午後の半日を費やし、馬車は王都に到着。その日は黒薔薇の手配した宿に泊まることとなる。最上級の宿で、まるで貴族でも迎えるような待遇。ルルは思わぬ歓待に困惑していた。だが、未来の王妃の専属侍女ともなればこんなものなのか、とありのままを受け入れた。
実際は、ベルスレイアの指示に従った黒薔薇の配慮によるのだが。あくまでも、黒薔薇はベルスレイアの道具。そしてベルスレイアの道具の中では、専属侍女という身分は上位に値する。つまりルルは黒薔薇の格上扱いとなる。
ベルスレイアが望んだ以上、既にルルはベルスレイアの所有物である。本人の意思に関わらず、すでに専属侍女である。よって、尊きベルスレイアの特別な所有物たるルルを敬うのは当然のことであった。
そうとも知らず最上級の歓待を楽しむルル。翌日には、ベルスレイアの屋敷へと向かう。馬車が目的地に近づくにつれ、緊張が走る。ここで下手を打てば、今までの苦労が水の泡。故にルルは、神経を研ぎ澄ませる。ベルスレイアという人物を見抜き、理解し、徹底的に都合よく仕える。そのために意識を集中する。
余計なことは考えない。相手がどのような人間であろうと、主人は主人なのだ。
ルルの覚悟が決まった頃。ちょうど、馬車はベルスレイアの屋敷へと到着した。
「さあ、どうぞ。我らが主、ベルスレイア様がお待ちです」
馬車内に同席する黒薔薇の女性は、言って馬車の扉を開ける。まるで貴族の子女に対するような礼儀であり、ルルは疑問に思いかける。だが、すぐに無心を取り戻す。
余計なことは考えない。ここは、そういう場所。そういう世界。とにかく受け入れる。それが一番大切なのよ。
馬車を降りて、ルルは正面を見据える。正面に、開かれた門。そしてその先に一人の少女。
濡れたように艷やかな長い黒髪。血のように赤い瞳。瞳に揃えたような、真っ赤で綺羅びやかなドレス。
どこか妖しい雰囲気を持ちながらも、明らかに幼さを残す顔立ち。だが鋭い目つきは獣のようでもあり、ちぐはぐな印象が同居する。
そんな、どこか不気味な少女。しかし文句のつけようのない、美しい少女。
彼女こそが、ベルスレイア・フラウローゼスだろう。ルルはそう推測した。
「ようこそ、ルル・アプリコット。貴女は今日から、私の専属侍女になるの。分かるわよね?」
黒髪の少女――ベルスレイアが、ルルを試すような口調で言う。ここで返答を間違えるわけにはいかない。ルルは、慎重に、しかし落ち着いた体裁を崩さず答える。
「はい、如何ようにも。私は今日から、ベルスレイア様の望むままとなりましょう」
ルルの回答は、正解だった様子。ベルスレイアは満足げに頷く。
「従順で、賢いのね。いいわ、お気に入りにしてあげる。貴女には私の事を愛称で呼ぶ権利を与えるわ。これからは、私をベル様と呼びなさい」
「畏まりました、ベル様」
「ふふ、良い子ね」
ベルスレイアはルルへと近寄り、その頭を撫でた。
「――さて。早速だけど、ルルにはこのお屋敷のことを覚えてもらわないとね。この私が、直々に案内してあげるわ。感謝なさい」
「はい。有難うございます、ベル様」
こうして、ベルスレイアとルルは出会った。
この日、この時点ではまだ、ルルは気づいていない。ベルスレイアが、どのような人物であるか。どれほど危険で、異様で、傲慢であるか。
だからこそ、まだルルは平静を保っていた。まだ自分が優位に立つつもりでいた。