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剣術指南役シルフィア 17




 シルフィアは試合開始を宣言すると同時に、距離を詰める。身体の力みを見せずに踏み出した一歩。人の認識を騙す、意表を突く一撃。

 だがこれをベルスレイアは難なく回避する。圧倒的な技術力と敏捷性を持つベルスレイアは、見てから余裕で攻撃を避けることも出来る。


 そしてシルフィアはさらに一閃。剣を薙ぐように振るう。さらにベルスレイアは躱す。間合いギリギリを、あえて選んで回避した。ステータスの格差があるからこそ可能なことであった。

「――くッ!」

 やはり一筋縄ではいかないか。と、シルフィアは胸中で納得する。が、同時に悔しさも感じる。磨き上げた剣術が、ベルスレイアを相手にまるで通用しない事実。


「まだまだァッ!」

 さらにシルフィアは連続で攻撃を仕掛ける。回避したベルスレイアの姿勢を観察し、動きづらい角度から攻める。あるいは、意識の外側から一撃を放つ。そうした手札を次々と切りながらも、ベルスレイアには通用しない。

 ベルスレイアは剣閃を躱し、時に剣で受け流す。全ての動作に余裕があり、危なげなど一切無い。出来て当然、といった様子で受け続ける。


「まあ、大体分かったわ」

 そして、一言呟いた。

 次の瞬間には、ベルスレイアの剣がシルフィアの喉元に突き立てられようとしていた。あと半歩も踏み出せば突き刺さるような位置で、剣は止まった。当然、シルフィアも動きを止める。


 この一撃を、シルフィアは見切っていた。身体の動き、足運び、そして剣の切っ先の向きから予測を立てていた。

 だが、回避は不可能だった。初動を確認したと思った瞬間に、ベルスレイアの剣が自分の喉へと迫っていた。過程を認識できないほど速い一撃。これが、シルフィアの予測を上回ったのだ。


「……参りました。さすがです、ベル様。剣もお強いのですね」

「いいえ。残念だけど、駄目ね。とても納得のいく結果ではないわ」

 ベルスレイアは、眉を顰めて言う。褒められたというのに、それを受け入れない。自分を卑下するような言葉を口にする。まるでベルスレイアらしからぬ言動。これに、シルフィアは困惑する。


「あの、ベル様。勝ったのはベル様なのですが」

「ええ。当然よ、私だもの」

 やはり、そこには絶対の自信があった。ならば何故、不満げなのか。

 シルフィアが訊く前に、ベルスレイアが自ら語る。


「でも、剣術は未熟。話にならないレベルだったわ。そもそも、私とシルフィほどステータスに差があれば犬だって勝てるわよ。なのにこんな勝利を喜ぶなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しい。そうは思わないかしら?」

「えっと、ベル様がそうおっしゃるのでしたら」

 シルフィアは明言を避けつつ、ベルスレイアに同意する。否定や肯定をして、ベルスレイア特有の妙な逆鱗に触れるのを避ける為である。


 だが今回に関しては杞憂である。ベルスレイアは自分に絶対の自信がある。故に、自分の至らぬ点についても絶対の自信を持つ。未熟と思った部分は絶対に未熟である。

 よって、もしここでシルフィアがベルスレイアを口汚く罵ったとしても。その内容が剣の未熟さに限るのであれば、一切のお咎め無く受け止める。それが、ベルスレイアという人間である。


「理解できないかしら?」

 ベルスレイアは、納得していない様子のシルフィアに問う。

「はい。私には、ベル様の行動の全てが神業に思えました」

「そうでもないんだけれどね。まあ、いいわ。次は、私の身体能力をシルフィと同程度に押さえて戦ってあげる。その後、改めて剣を評価して頂戴」

「はあ、分かりました」

 こうして、二人は再び剣を交えることとなる。



 第二戦。その初手は、今度はベルスレイアの側からであった。

 鋭い踏み込みからの突き。それは、初戦の敗因となった一撃とまったく同じ動作だった。


 しかし、シルフィアはこれを難なく避ける。

(……? 遅い)

 その一部始終をゆっくりと眺めつつ、シルフィアは身を翻して回避する。

 距離を詰めたベルスレイアは、そのまま剣閃を繰り返す。連撃でシルフィアを追うが、どれも難なく回避される。


 そして、全ての太刀筋をシルフィアは見切っていた。初動が分かる、という次元ではない。具体的にどのような軌道を通る一撃なのか。そこまではっきりと目にしながら、それでも身を傾け、あるいは一歩下がって回避する。


 容易く躱すことの出来る事実に、シルフィアは疑問を抱く。

 なぜここまで、分かりやすいのか。ベルスレイアの剣は練度が高い。鋭く研ぎ澄まされた一撃を、フェイントを織り交ぜつつ放ってくる。挙動を悟られぬよう、最小限の動きで。


 しかし、それでもなおシルフィアにはよく見える。フェイントの意図まではっきりと認識できる。まるで教本で教わったような、定型的なフェイント。この斬撃を騙して当てるにはこれ、という最適解を選ぶような攻撃の連続。

 それは一周回って、シルフィアにとって最も見やすい剣であった。確かにベルスレイアの剣は練度が高い。だが、同時に未熟でもある。馬鹿正直な格下を相手に、リスク無く振るい続けたような、重みのない経験によって作られた剣術である。相手を騙し、絡め取り、その意識の外から一撃浴びせようという気概が無い。


 が、それは当然のことでもある。ベルスレイアの剣術は、剣道を元にLTOで磨いた技術。敗北のリスクの無い、不特定多数と繰り返し戦う世界。毎回のように気を揉んで複雑な剣を振るうよりも、定型的で効率の良い立ち回りの方が楽で成果も上がる。

 だから、この世界の剣術、つまり命のやり取りという次元になると甘さが目立つ。


 それこそ、身体能力を同程度に抑えた途端、まるでシルフィアに刃が立たなくなるほどに。


「――ハッ!」

 ベルスレイアの剣を見定めきったシルフィア。次の瞬間には、まるで意趣返しのようにベルスレイアの喉元に剣を添えていた。


「――ふふ。ほらね? 言ったとおりでしょう?」

 負けたというのに、ベルスレイアは嬉しそうに笑う。

「これから毎日、こうして貴女に負けるのね。それが今から楽しみだわ」

 そして、嬉しそうにシルフィアへと告げる。


「負けるのが楽しい、ですか?」

「ええ。強くなれるんですもの。シルフィは、そういった経験は無いかしら?」

「……はい。正直に言うと、あります」

「正にそういう気持ちなの。今、私はこれからの自分へとても期待しているのよ」

 ベルスレイアは言いつつ微笑む。その理屈、感情がすんなり理解できたシルフィアも笑う。この時、始めてベルスレイアと通じ合った気がした。異形の心を持つ、自信過剰で悪魔のような主。思わずその人間らしい部分を垣間見て、安心する。

 もしかすると、思っていたより上手くやっていけるかもしれない。


「さあ、また手合わせをしましょう。今度は本当に切り刻んでくれても構わないわ。私、それぐらいじゃ死なないから」

 そう言って、ベルスレイアは再び剣を構える。

 切り刻め。と言われ、先程の妙な安心感をすぐに否定されたシルフィアであった。苦笑を浮かべるも、ベルスレイアと対峙する。

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