剣術指南役シルフィア 15
ベルスレイアに騙されているとも知らず、教会はベルスレイアを気遣いながら見送った。
馬鹿な奴らね、と内心で嗤いながら、フラウローゼス家の馬車に乗り込むベルスレイア。
教会から離れていく馬車。その窓から、ベルスレイアは教会を眺める。
教会の正面には大きな石像――教会が祀る女神の像がある。
LTOでは、女神像はどこにでも存在するような、抽象的ではっきりとした顔立ちの分からない石像だった。
だが、この世界の女神像は違う。細部まで細かく作り込まれた、美しい女性の像。柔和で母性の溢れる、穏やかな笑みを浮かべている。
見間違えようもない――それは、ベルスレイアの見知った人物。
鈴本清美をベルスレイア・フラウローゼスへと転生させた張本人。
女神フォルトゥナである。
LTOには存在しなかった女神の名前。そもそも、女神について具体的な設定は何一つ無かった。世界を作り、管理する母。偉大なる女神。そうした抽象的な言葉はゲーム時代にも存在した。
だが、フォルトゥナという名前は無かった。女神の姿についても伝わっていなかった。
なのにこの世界では、女神の名前は知れ渡っている。女神教は、女神フォルトゥナを祀っていると広く公言している。そしてフォルトゥナの姿は石像で精密に再現されるほど、よく知られている。
LTOには存在しなかった女神。神であるというのに、人々に姿を知られた女神。……なんだか、胡散臭いわね。少し調べておいた方がいいのかしら。
そんなことを、ベルスレイアは考える。自分以外を信用しないベルスレイアは、当然女神さえ信用しない。たとえ自分を転生させた張本人であろうとも。
あるいは、自分の出生の秘密に関わっているのかもしれない。そんなことすら考える。
とはいえ、いくら考えてもキリが無い。推測だけでは話は進まないし、真実も分からない。
ベルスレイアは一度目を閉じて、息を吐く。そしてまた目を開くと、今度はシルフィアに目を向けた。
「シルフィ。そろそろ調子は戻ってきたかしら?」
「はい、大分。お陰様で、かなり気分が良くなりました」
特にベルスレイアが何かしたわけでもない。が、シルフィアはベルスレイアに感謝の意を述べる。
「ふふ、いいのよシルフィ。お前は私の大事な所有物なのだから。大切にするのは当然でしょう? いつまでも私の手元に居なさい、シルフィ。お前がお前である限り、私はお前を好きで居てあげるから」
「はい……ありがとうございます」
シルフィアは感謝する。なぜ自分が感謝しているのか。感謝したいと思ったのかもよく分からずに。
「ところで、シルフィ。今日のお前はなかなか反抗的だったわね」
「はい。さすがに、今日のベル様は目に余りましたので」
正直に自分の考えを述べるシルフィア。それが正義感によるものではなく、ベルスレイアの洗脳による変調だとは気付かない。
「そう。でも私に逆らった以上、お仕置きは避けられないわ。覚悟は出来ているかしら?」
「両目を――」
「馬鹿。そんなつまらないお仕置きを私がするわけないでしょう」
しつこく自分の目を抉ろうとするシルフィアに、さすがのベルスレイアも呆れる。
「そうね。お仕置きは、夜にまとめてしまいましょう。シルフィ、お前は今日から寝る前、必ず私の部屋に来なさい。その日のお仕置きを、まとめて与えてあげる。――たくさん、耳を噛んであげるわ。喜びなさい」
「は、はぁ……善処します」
シルフィアは困惑しながらも、ベルスレイアの指示に頷く。
どうして自分が、噛み付かれて喜ぶ必要があるのだろうか。シルフィアはベルスレイアの言葉に違和を唱えようとする。
しかし――顔を赤らめ、耳をぐにぐにと揉みながら、何故か疼く自分の身体に疑問を抱く。
どうして、ベル様に逆らう気が起きないのだろう。そんな疑問が、シルフィアの頭を埋め尽くすのだった。




